2012年5月4日金曜日

パリのカフェ物語2 by Miruba

写真:テクノフォト高尾
<Chapitre  Ⅱ 傘>

PTT(郵便局)で、日本宛の手紙に、シャガールのデザインがほどこされた大振りの記念切手を貼って、エトランジェー(外国)の投稿口に、一通また一通と落とし込む。

「きっと喜んでくれるわ」独りよがりに、相手の喜ぶ顔を想像し、嬉しくなってニタニタしてしまう。

そんな気分も、あっという間に消えた。
さっき横に立て掛けて置いたはずの、買ったばかりの大ぶりの傘が無くなっているのだ。持ち手部分の木の肌触りが気持ちよく、とても気にいっていた。

_やられた_
誰かが持っていったのに違いない。周りを見回したが、それらしい人がいるわけも無かった。腹立たしい。
全くどういう国だろうね、人の物を勝手に持っていくなんて泥棒の国だよこりゃ。
などと嘆いたものだが、今にして思えば日本も大して違わない。
「忘れられている(ような)人の傘を持っていくことが何で悪いの?なんて、開き直る人がいる世の中だもの」

しかたがない、雨の中を歩くしかない。
外に出ると、霧雨になっていた。
高速道路の高架がすぐ横を走っているので、酸性雨が降り注いでいるのかもしれないが、頬にかかるちょっとヒヤッとした水滴が気持ちよく、霧雨の中をとぼとぼ歩きはじめた。

だが、直ぐに雨脚が強くなってきた・・・やばい。
駅外れにあるカフェに飛び込んだ。



エクスプレスをやめてノワゼットにした。(noisette ミルク入りエクスプレス )
 少しからだが冷えた気がしたからだ。

ふとみると、見たことがあるような傘がカウンターの端に立て掛けてある。
その横には若い男がタバコをくゆらしながら、コーヒーを飲んでいた。

ちょっとドキドキした。絶対あれ私の傘だよな・・・う~ん、違うかな。

男がトイレに行った。
その間に私もトイレに行くふりをして、傘を確認した。
やはり、私の傘だ。
私は、その傘を持って行こうとした。

「おいおい、マダム、人の傘を持っていっちゃいけないな」

席に座っていた年配の男性が、私に声をかけた。何とはなしに見ていたのだろう。

トイレから戻った男の視線とぶつかった。

私は、席に座っていた紳士に言った。
「さっき、この人にこの傘を貸したのです」

紳士が、怪訝そうな顔をして、男の返事を待つように、彼を見た。
男はめんどくさそうに答えた、「C'est ca  (そうだよ)」

紳士が吐き捨てるように、「レ・ミゼラブルか」といったので、私はカチンと来てしまった。

「ここに日本語で私の名前が書いてあります、先ほど郵便局で行方不明になりました。偶然ですが、私の傘は、ここに現れました」

男は何も言わず走り去るようにカフェを出て行った。

今度は紳士が、あわてた様子を見せた。
「なんてこった。<神父>はあなただったのか?」と、指先で頬をかいている。

私は思わず笑った。
「暴露しては<神父>ではないでしょう。貴方は間違っていませんでした。
私の行動は、不審を与えるに十分でしたもの」

紳士が、お詫びにコーヒーを奢らせてくれと言ってきかない。
雨にぬれたから寒いでしょう。とcafe au lait を頼んでくれた。

紳士とは少しの時間、「モラル」について話をした。
あったかいカフェ・オ・レは、心も暖かくするようだった。

その傘は、いったんは私の手元に戻ったが、再度、どこかで無くしてしまった。
縁の薄い傘だったのかもしれない。



♪シェルブールの雨傘  唄 ダニエル・リカーリ
Les Parapluies de Cherbourg    Danielle LICARI

1963年、シェルブールの雨傘でカトリーヌドヌーブの吹き替えを担当して知名度を上げました。カトリーヌの声はキンキンしてよくないし歌も歌えないからでした。

1970年に「ふたりの天使」で人気を決定付けますが、ポールモーリアの1971年のヒット曲「エーゲ海の真珠」 において、スキャットをダニエル・リカーリが謳ったことで、広く世界でも知られるようになりました。美しく澄んだ声が、人々を惹き付けました。



4 件のコメント:

  1. イソジーン真澄5/07/2012

    PTTが郵便局なのですね。
    最初TPPと読んでしまいました^^。
    車中でも忘れものなのかどうか、わからない傘ありますよね。良い傘だと欲しくなったり……
    いつも余韻の残る作品楽しいです。

    あれそれこれ、もよくあのような歌の存在を……博識・博学、脱帽です。

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  2. miruba5/07/2012

    >PTTが郵便局なのですね。
    最初TPPと読んでしまいました^^。

    ●あは、面白い^^
    PTTとは、いくつかの国における郵政・電気通信行政を所管する官庁の略称で、フランスでは<Poste, Téléphone et Télécommunications>の略です。
    傘の話は幾つもエピソードがありますが^^ぼちぼち

    「こそあど言葉の上達」のお話見てくださってありがとうございます。「身につまされて嫌だ」とか「久々に笑い転げた」という方まで色々のコメントを頂きましたよ。「痴呆症=認知症」の中に<治る可能性のある症例がある>という【ためしてガッテン】という番組を見てヒントを得ました。どんな病気も、諦めてはいけない、というメッセージを込めたつもりなのです。^^コメントをありがとうございました。

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  3. キリン5/08/2012

    少々、傘がかわいそうになってきた
    次はどんな人のお役にたつのだろう
    大好きなご主人の傘になりたかっただろうにね
    そう思いながら、傘を大切にしようと思った
    このエッセイを読み思わされた
    のが本音

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    1. miruba5/09/2012

      キリンさん、コメントをありがとうございます。

      >少々、傘がかわいそうになってきた
      次はどんな人のお役にたつのだろう

      そうですよね^^大騒ぎしたくせにね。
      一年後くらいですが、やはり、レストランに置き忘れたのです。次の日に行った時は、もうありませんでした。素敵な傘でしたから、もって行かれちゃったのでしょうね~くやし。

      今もっている日傘と雨傘両用の傘は3年ほど使っていますが、そろそろ色があせてきたので、新しいのに変えないといけないです。傘は忘れ物のNO1といいますから、大切にしたいですね。

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