2015年10月17日土曜日

パリのカフェ物語10 by Miruba

Chapitre Ⅹ【パトロンヌ】

友人と待ち合わせをした。
メトロ Rique リケという駅だった。

この駅の近くには北ホテルで有名なサンマルタン運河やそれに連なるウルク運河などがあるのでつけられた名前なのだろうと推察できる。
と言うのは、世界遺産にもなっているフランス南部に位置する「ミディー運河」を設計考案したのが、ピエール・ポール・リケという人だったからだ。運河つながりというところか。

Canal du Midi(ミディ運河)とは、南仏トゥールーズから、地中海にまで向かう支流を含め総延長 360 km に及ぶ運河である。
17世紀中ごろ作られた運河で、19世紀に鉄道が出来るまで、大西洋と地中海との間を船舶で結ぶ、重要な輸送ルートだった。
この運河のおかげで、運河沿いの地区の産物の流通が盛んとなり、ボルドー、サンテミリオンなど、世界的に有名なワインの発展に大きく寄与した。
だが、当時の最先端の土木工事は難航を極め、資金も不足がちで、Riqueリケは自分の全財産をつぎ込んだ。
それにもかかわらず、その完成を見ることなくこの世を去っている。
幸いなことにリケの息子が引継いでリケの死約一年後にミディ運河は完成したという。


その運河は19世紀以後は観光船を通すことで発展を継続してきた。今も行き交う観光船に乗る観光客で賑わっている。



私は毎年自名入りのワインをケースごと頼むのだが、
どんなところで作られているのか見たいと思いその生産地ボルドーに寄った帰り、トゥールーズへ足を伸ばしたことがある。


ミディ運河沿いを散歩し、ふと寄ったカフェ。
近代的なカフェだった。
セルフサービスタイプになっていてカウンターにサービスの女の子が居て、座る前に飲み物を注文し、支払ってから好みの席に座るという、スタバなど現代のカフェ専門店のシステムだった。
当時は「このタイプのカフェって、ギャルソンを好むパリでは無理だろうな」と思ったものだ。

私はビールを頼んで運河の見える窓辺に座った。
暑い夏なのに、運河を通ってくる風は涼しい。


先ほどのカウンターの女の子が「Mere(メール)、ありがとうございます。助かりました、なくなってたのよ」と、なにか材料を受け取っている風だ。
フランスではママンと言う言い方が多く「お母様」をあらわす「メール」と言う呼び方は珍しいのでつい、振り返ってしまった。

そして私が振り向いたことで、その「メール」は私を見た。
「アッ」「Oh la la!C'est vous・・オララ!あなたは・・・」

懐かしいその年配の女性は私のパリの自宅近くにあったカフェのパトロンヌ(店主)だったのだ。
ある日突然閉店をしたため彼女がその後どうしているのかと時々カフェの前を通ると思っていたものだ。

パトロンヌのご主人はカンボジア内戦のとき派遣されたフランス軍の兵士として戦闘に巻き込まれ亡くなっていた。
さらにそのご主人との子供を交通事故で亡くし、加えて愛するその子を可愛がってくれていた恋人が、交通事故を起こした加害者を口論の末刺し殺し刑務所に入れられてしまった。

飛び出した子供が悪いのだと正当性を訴えるばかりで悔やみの言葉すらなかったことが理由だったため、情状酌量を願い出たけれど、結局10年の刑で服役していた。

パトロンヌは恋人を待っていたのだが、刑務所から出てくると言う一ヶ月前になんとその恋人は病気で亡くなるという悲しみに見舞われた。
度重なる不幸に彼女は店を閉めどこかに居なくなっていた。


「心配したのよ。元気でしたか?」

「ええ、ありがとう。あの時は自暴自棄になったけれど、結局カフェをやるしかほかに何も出来ないのでね」

流れ着いたこの町でカフェに勤めていたら、今のご主人と知り合ったのだと言う。ご主人は没落した公爵の子孫だとのことだ。
それで「Mereメール」なのかと納得がいった。世界中、上流階級の人は言葉使いにはうるさいもののようである。

「あの子は主人の子供なのよ。元公爵と言っても城を維持するだけで大変なので市に寄付してしまって、門番小屋に住んでいる始末よ。
それでも私のパリの住まいなんか比べ物にならないくらい豪邸なのよ、門番小屋なのに」と笑った。

カフェを出すお金はご主人が出資してくれたらしい。
人を雇う余裕が無かったのでセルフタイプのカフェにしたら意外に好評で、今では娘さんがアルバイトで継続してやっているという。
娘さんがアメリカ留学で居なくなれば、別のアルバイトを雇うからいいのよ、と笑顔だ。

「あなたの子供達は元気?下の子はまだbebeベベだったわ」とパトロンヌが聞いてきた。

学校の向かいにあった彼女のカフェには娘達も良く連れて行ったので知っているのだ。
「上の子は今カナダにボーイフレンドと旅行中。下の子は修学旅行でスペイン旅行よ」

「大きくなったでしょうね。」と懐かしげに目を細めてくれる。


「幸せそうで良かったわ」と別れ際に言うと、「あなたも、お元気でね」そう言ってハグをしてくれた。

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「お待たせ」友人が汗を拭きながら現れた。

「あわてなくていいのに、、待ち人は来てくれたらOKよ」

メトロ Rique 近くのウルク運河のカフェはセルフサービスになっている。
あのパトロンヌの南仏のカフェにそっくりだ。

久しぶりにビエール・ペッシュを頼んだ。
今、あのパトロンヌは元気かな、ふと思った。
絶望の果てにつかんだ幸せ。
いつまでも幸せで居て欲しいと願った。

FIN