2011年5月28日土曜日

滅びゆく神々 by 夢野来人

編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。第1回目のお題は「中国・船・ギター」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。
今回は、夢野来人さんのショート・ショートをお楽しみください。

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「ゼウスさま、大変でございます。大洪水がやってきて、このままでは我々神々は死にたえてしまいます」
「あわてるでない。こんな時のために巨大な船が用意してあるのじゃ」
「さすがはゼウスさま。でも、さすがにすべての神を連れていくわけにはまいりません」
「それはそうじゃ。各担当神につき一対ずつのつがいを選抜して乗船させる」
「なるほど、それは良き考え。ではさっそく準備いたします」

すべての担当神を一対ずつ乗せ、超巨大宇宙船は出発した。

----- 45.5億年後 ------

「ゼウスさま。何が行けなかったのでしょう。このノアの箱船地球号では、神々はもはや絶滅寸前」
「最小存続可能個体数を考慮に入れるのを忘れておった」
「それは、なんでございましょう」
「個体群が長期間存続するために必要な最低限の個体数のことじゃよ」
「だいたい、どれくらいいれば存続可能なのですか」
「種によっても差が大きいのじゃが、中国のパンダなどでは50~60頭と言われておる。脊椎動物の平均で500個体から1000個体じゃな」
「少ないではないですか。わがノアの箱船には一万ほどの神々を乗せてまいったはずです」
「ところが、我ら神々の最小存続可能個体数は八百万と言われておる」
「えー、それではとても」
♪ジャンジャカジャーン、ジャジャジャ、ジャンジャカジャーン♪
「そのとおり。少なすギターということじゃ」

2011年5月25日水曜日

とある休日 by やぐちけいこ

編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣が挑戦しました。第1回目のお題は「中国・船・ギター」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。
第2作目は、やぐちけいこさんの小説です。
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「近々お店を出そうと思ってるんだけど、お店の名前を一緒に考えて欲しいのよねえ」

朝もまだ早い6時にたたき起こされ自分の仕事部屋へ来いと呼び出されて来てみれば開口一番パンダ野郎はそう言った。
パンダと言っても着ぐるみを来ている訳でも顔がパンダでも無い。
今着ているTシャツがパンダの顔のアップだったりする。

「その女言葉似合わないからやめろ。眠い中わざわざ来たのに言いたかったのはそれか。それなら私はこれで失礼する」
入り口のドアの前に立っていた私はそのままUターンして帰ろうとすると背中に声がかかった。

「ちょっとちょっと。来たばっかりなのに帰らないでよ。店を出したいのは本当の事だし屋号を考えて欲しいのも本当なんだから」

半分部屋の外に出ていた身体を再び反転させてパンダ野郎の顔をまじまじと見た。

「店というのはどんな店だ?どうせくだらないものなんだろ?お前の酔狂に付き合うつもりはない。私は眠いので帰って寝る」

まだ何か言っていたように思うが思考が睡眠状態で何も理解出来なかった。
とにかく自宅へ戻りベッドへダイブし、そのまま昼過ぎまで眠った。
せっかくの休日が半分パーじゃないか。

しかし店っていったい何をする気だ?
まさか変なものじゃないだろうな。金持ちの考える事は分からん。
何故あいつと私はつきあいがあるんだっけ?
それも忘れた。
妙に女性っぽい所のあるあいつと、いつも男に間違われていた私が何となく一緒につるむようになって以来迷惑をかけられっぱなしだ。

今度は店を出すと言っているのだからすでに売る商品も店の土地も用意してあるに違いない。
ふと壁に立てかけてあるギターが目に入った。
そういえばこれもあのパンダ野郎から貰ったものだ。
私はギターを弾かないのに何故かあいつはわたしにこれを押し付けた。
仕方が無いのでそのまま壁に立てかけるだけのインテリアになったのだが、あいつはここへ遊びに来るたびにこれを弾いて楽しそうに時間を潰していた。
暇つぶしにここへ来るなと何度も言ったのだが聞き入れてもらった試しが無い。

曲が聞こえなくなった時、帰るのだろうと待ち構えていたのだが一向に帰る気配を見せない。
そのうち身体がこっくりこっくりゆらゆらと船をこぐ始末。
寝るなら帰ってから寝ろ!と追い帰した事数知れず。

どうせ今日も夕方ここへ押しかけて来るに違いない。今朝の話は途中だからな。
掃除でもするか、イヤその前にご飯を食べよう。
朝を食べそこなったのでお腹がすいた。

少々遅いお昼を済ませ部屋の掃除をし気分が一新した。

午後4時を回った頃インターフォンが鳴った。
ピンポ~ンピンポ~ンピンポンピンポンピンポン♪

「だーーっ!うるさいっ!近所迷惑だろ。1回鳴らせばまだ耳は達者だから聞こえると何度も言ってるだろうが!」

玄関を開けるとまだ鳴らそうとしているパンダ野郎に怒鳴った。
「そっちの声の方が近所迷惑だよ」などと言いながらへらへらと笑っている。

「何の用?」と冷たく言い放てば「やだなあ、今朝の話の続きに決まってるでしょ?入るよ~」
そこは勝手知ったる人の家。勝手にあがり込み定位置である二人掛けのソファーのど真ん中に座る。

仕方が無いのでコーヒーを入れた。
これを飲ませてさっさと帰って貰おう。

カップにコーヒーを入れてパンダ野郎の前に置く。
「ありがとう。あれからずっと店の名前を考えてたんだけど良いのが浮かんだんだ。聞いてくれる?」
「聞く。聞くからそれを飲んだらさっさと帰ってくれ」
「もう、冷たいなあ。まいいや。店の名前は印象深い方が覚えて貰えると思って考えたんだ」
「だろうな。店で何を売るかにもよると思うが何を売るんだ?」
「まだ、決めてない。決まったのは店の名前だけ」
「は?何をバカな事を。で、店の名前は何だ?」
「うん。『中々良い物を扱っていそうだな共和国』」
「何だって?」
「だから、中々良い物を扱ってそうだな共和国って名前にしたの。略して中国!!」
そこには満面の笑顔のパンダ野郎がいた。
「……。帰れ。帰って顔洗ってもう一度出直してこい」

パンダ野郎を追い出しドアに向かってクッションの投げつけた。
真面目に話を聞こうと思ったのがそもそも間違いだった。

そんなこんなでせっかくの休日を完全に潰してしまったのだった。




2011年5月22日日曜日

若い人達に伝えたい話 by 御美子

編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、個性豊かな週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣が挑戦しました。第1回目のお題は「中国・船・ギター」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。
今回は、御美子さんのコラムをお楽しみください。

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今から約1200年前、唐(現在の中国)に白居易という人がいました。生まれた場所は田舎で、家も貧しかったのですが、5,6才の時には詩を書き始め、周囲の人々を驚かせていました。


 その頃、都で役人になるためには、科挙というとても難しい試験を受けなければなりませんでした。白居易は29才の時に、白髪が増え、歯がぼろぼろになるほど一生懸命勉強して試験に合格し、都の長安で重要な仕事をしながら、形にとらわれない詩もたくさん書きました。詩の内容は色々で、政府への批判もありましたが、誰にでも分かりやすい詩を書くことを心掛けたので、多くの人々に吟い継がれました。


 ところが、法務大臣だった時に、皇帝であった武元帝に失礼があったということで、都から遠く離れた田舎で、つまらない仕事をするように命令されました。そんな白居易を都からわざわざ訪ねてくれた友達がいました。以下の物語は都に戻る友人達を送る時の話です。


 辺りはもう暗くなっていたので、友人達は既に帰りの船に乗っていて、馬で到着した白居易も船に乗り込み、別れの宴を開いていました。そこへ何処からともなく、琵琶の音色が響いてきました。(琵琶とは東アジアの楽器で、ギターと同じく弦を弾いて音を出します)


 田舎に不似合いな美しい調べを皆が不思議に思い、
「琵琶を弾いているのはどなたですか?」
と、闇に向かって問いかけましたが、なかなか返事がありません。それでも白居易達が熱心に尋ねると、やっとのことで応えが返ってきました。応えの主である中年女性は、次のような身の上話を始めたのです。
 
 「私は長安の出身で、小さな頃から琵琶を習い、有名な先生に付いて13才で一人前になりました。置き屋に預けられ、綺麗な着物を着せられ化粧をしてもらうと、とても美しく見えて、仲間から妬まれる程でした。貴公子達は一曲終える毎に、数えられない程の心付けをくれたものです。そうして毎日楽しく過ごしているうちに、唯一の肉親だった弟は軍隊に取られ、置き屋の姐さんも亡くなり、容色も衰えて独りぼっちになってしまいました。その後、商人と結婚しましたが、一人で舟で寝泊まりしながら、水辺を行ったり来たりして、お茶等を仕入れては売っているのです」
と、言うではありませんか。それまで、さほど気にしていなかった白居易自身の落ちぶれた状態と、今の彼女の置かれた状況が重なって、一同静かになってしまったのでした。


 女性はその後も何曲か弾きましたが、歌詞が無いことで一層聴き手の心に響き、最後に、それまでとは全く違う激しい曲を演奏し終わった後、一同感極まって泣き出してしまったのでした。


 以上が「琵琶行」と言って、白居易の代表的な感傷詩の内容の簡単な説明です。他にも楊貴妃と玄宗との悲恋をうたった「長恨歌」や晩年にまとめた「白氏文集」が有名ですが、平安時代の貴族には欠かせない教養であり、紫式部や清少納言も白居易に影響を受けたというのも興味深いと思いませんか?