編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。第2回目のお題は「トマト、ぬいぐるみ、朝寝坊」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、寿月さんの大作をお楽しみください。
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彼女がカーテンを開く。強い日差しが室内のいたるところに命を吹き込み、止まっていた時間が動き出すのを感じる。
朝が来た。いや、朝ではないかもしれない。
実際の時間が何時だろうと、僕にはまったく関係ない。大切なのは彼女にとっての朝は、今だということだ。
彼女がカーテンを開けなければ僕には朝が来ない。
そしておそらく彼女にも、同じことが言えるのだろう。
「さあさあ朝ですよ。あなたったらもう、手の掛かる困った人ね。起きてくださいな」
僕の眠るベッドの横に立つ彼女の顔は、ちっとも困っているように見えない。むしろ生き生きと輝いている。
彼女は首の下に腕を差込み僕を抱き起こすと、ベッドの端に座位をとらせ、支えるように背中に手を廻す。
今日の調子はどう?どこか痛いところはありません?お腹はすいたかしら?
幼い子供をあやすように、僕の背中をとんとんとリズミカルに叩きながら、彼女は矢継ぎ早に質問をしてくる。
「さ、これに乗ってお食事に行きましょうね。皆さんもう、始めてらっしゃるかもしれないわ」
かいがいしく僕を車椅子に乗せて「足をブラブラさせないで」とお小言をつけながらも、足置きに僕の足を一つずつ乗せてくれる。その手つきはとても優しく、こわれものを扱うように繊細だ。
「ねえ、あなた、二人で行こうって言ってた旅行の約束、覚えてます?うふふ、楽しみだわあ。早く元気になって、連れてってくださいな」
旅行の事を持ち出す時の彼女はいたって機嫌が良い。いい一日になりそうだ、僕はそう思った。
リノリウムの床にタイヤの軋む音が響く。ぎゅうともぎいとも聴こえるその音に合わせて彼女は鼻歌を歌いだし、それに合いの手を入れるように、ペタペタと吸い付くような、彼女の足音が重なる。
食堂には彼女の言うように、すでにたくさんの人間がいた。食事を始めている人もいれば、おしゃべりに夢中な人もいる。食器の擦れ合う音と人声で大変な騒がしさだ。
「朝、見かけなかったけど、寝坊?もうお昼よ」
入り口付近で一人の女性が話しかけてきた。嫌味な言い方だ。何か値踏みするような目付きで、僕たちを上から下まで嘗め回すように見る。
「何言ってるの。今が、朝よ」
彼女がぴしゃりと返した。女性は一瞬ぽかんとした後「規則は知ってるでしょ。集団生活を乱すような行為は、私が許しませんよ」とムキになって叫んでいる。確かこの女性は、元教師だと聞いたことがある。
叫ぶ女性をその場に置き去りにしたまま、彼女は僕の車椅子を押して、いつもの決まったテーブルに到着した。
「おかしな人がいるものね」
言いながら自分の椅子の左側に僕の車椅子をセットすると、自分も腰を降ろした。
目の前のテーブルには、すでに食事がアルミの盆に載せられ準備されている。
今日は冷やし中華だ。錦糸卵の黄色ときゅうりの緑、ハムの桃色が美しくあるべきところに配置されている。そして薄めに切られたトマトが二きれ、申し訳程度に皿の横に添えてある。
「あらいやだ、朝から中華なんて・・」
彼女が心底落胆したような声をだす。
「別のものお願いできないか、厨房に頼んでこようかしら」
彼女が立ち上がりかけた。僕は慌てて車椅子を揺らしてみる。実際は揺らしたつもりになっているだけだが、必死にやると何故か伝わることが多いのだ。
「そう、そうね。あなたが気にしないなら私はそれでいいの。だって栄養を取って、元気にならなければいけないのは、あなたですものね」
彼女は僕を見て何かを感じ、思いとどまってくれたようだ。以心伝心とはこういうことを指すのだろうか。何はともあれトラブルはなるべく避けたほうがいい。
「では、いただきます」
背筋を伸ばして目を閉じ、彼女は手を合わせる。そしてゆっくりと目を開けると横にいる僕の両腕をつかみ、丸っこい手のひらを合わせるように動かし、僕の代わりに「いただきます」と言った。彼女の息が身体にかかり体毛がくすぐられる。
ここは病院だ。歩いている人もいれば、僕のように車椅子に乗っている人もいる。病室から出られない状態の人も多いようだ。
「まずはお野菜から食べましょう。あなたご存知?食事の時、お野菜から口にすると、消化吸収がとっても良くなるんですって。高橋先生が教えてくださったの」
彼女はいつもと同じ台詞を口にすると、皿から薄っぺらいトマトを指でつまみ、「あーんして」と言いながら僕の口元に近づける。
まるで口というのはこうやって開けるのよ、と体現するように、自らも口を大きく開けた状態で僕の様子を伺う彼女を見ながら、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「どうしたの、ほら。お口を開けてくださいな」
少し困った顔をした彼女を、僕はただ見つめ返すことしかできない。彼女は、ふぅとため息をつくと、トマトを一度お皿の上に戻した。
こうして彼女を落胆させてしまう僕が、ここにいる意味などあるのだろうか、毎度毎度、そんな疑問が湧き上がってくる。
「少しでも食べなくちゃ元気になれないわ。ねえ、わかって、あなた。あなたをもう一度元気にすることが、私の使命だと思っているの。だからお願い、お願いよ」
懇願するように彼女はつぶやき、意を決したような表情で再びトマトをつまむと、僕の口元に運び、そのまま唇にトマトを押し付けた。塗りたくるようにぐりぐりぐりと左右に動かすと、果肉がつぶれて口元を濡らし、顎をつたって胸まで滴った。
「えらいわ。そうよ、その調子で頑張りましょう」
彼女は泣き出しそうな顔で僕を励まし、今度は錦糸卵を指でつまむ。そしてそれをまた僕の口に運ぶと、指に力を込めて押し付ける。卵はぬちゃっと潰れてちぎれ、ぼたぼたと落下する。
麺やきゅうりやハムが僕の顔や身体を汚し、その横で彼女はその様子を満足そうに眺めながら自分も麺を啜っている。
彼女の強い気持ちが伝わってきてとても苦しい。その気持ちに僕が答えられているかどうかが気がかりだけど、それを確認するすべを僕は知らない。
「安藤さーん。しっかり食べてますかあ」
先ほどとは別の女性が、僕たちの目の前に立っている。案山子のように片足で立ち、折り曲げたほうの足を腕で抱えるように持ちながら、にっこりと微笑んでいる。ちらりと見える足の裏は汚れてすすけたような色をしていた。
「ええ、おかげさまで。今日はほら、随分と食べてくれたんですよ」
僕の横で彼女が、嬉しそうに皿を傾けて女性に見せる。
「それは良かったですねえ。食べると元気も出てきますから、もう少しですよ。一緒に頑張りましょうね」
そう言いながらも女性は、自分の足の裏の何かが気になるらしく、視線はすでに僕たちから離れ、足の裏の何かを引っかき取ることに意識を集中しているようだ。
「はい。ありがとうございます。お世話になります」
それに気付いていないのか彼女は、女性に向かって丁寧に頭を下げると、僕の後頭部に優しく手を添え、少し前に押すようにして僕の頭を下げさせた。
「私たちもそろそろ戻りましょうか」
食事を終えた人たちが行きかうのを眺めながら彼女はそう言うと、食器を手にし下膳所に向かった。
たくさんの足音の中でも、僕は彼女の足音を聞き分けることができる。床を踏みしめるのが申し訳ないとでもいうような、ちょこまかとした遠慮がちな音だからだ。ペタンペタンでもヒタヒタでもなくペタペタ。その音に耳を傾けながら僕は、まだここに来たばかりの頃を思い出していた。
その頃僕は、この足の裏と床が吸い付いては離れする音が、気になって仕方がなかった。昼といい夜といいひっきりなしに誰かがたてるビタビタベタベタした音が、なんとももの悲しく、耳を塞ぎたくなるほど切なかった。
安全上などの事情から靴やスリッパが厳禁になっているらしいが、なんだか人間らしい生活からは遠くかけ離れているような気がした。野生の生き物が捕らえられて収監されている、そんなイメージが頭に浮かんで僕を苦しめた。
もちろん今では、その音も、たいして気にならないほどに僕はここの生活に慣れてはいたが、やっぱり、スリッパくらい履いても問題はないのでは、と思ってしまう。
「お待たせ、あなた。さ、行きましょう。あらあら、たくさんこぼしちゃったから洗面所に行ってきれいにしましょうね」
戻ってきた彼女に誘導されて僕は食堂の出口に向かう。
「安藤さーん。お食事終わったんですかあ。今日はしっかり食べましたかあ」
出口のところで先ほどの女性がまた声をかけてきた。あの案山子の女性だ。
「ええ。おかげさまで。今日は随分と食べてくれたんですよ」
彼女も先ほどと同じように答える。
「それは良かったですねえ。食べると元気が出てきますから、もう少しですよ。一緒に頑張りましょうね」
「はい。ありがとうございます。お世話になります」
まったく同じ会話が繰り返されていることに、当の二人は気がついていないようだ。
「それでは」
と彼女は女性に会釈をし、女性がまた食堂の奥に戻っていくのを見届ける。ペタンペタンと踊るように歩くあの女性は、長年、看護婦をしていたらしい。きっと患者思いの優しい看護婦さんだったに違いない。
洗面所につくと彼女は大きな全身鏡の前に僕の車椅子を止めた。
「さあ、きれいにしてあげますからね。少し待っていてくださいな」
彼女は鏡にうつる僕に声をかけると、車椅子にかけてあるタオルを手に取り、洗面所の奥にある給湯室に向かった。僕はホットタオルの気持ち良さを思い、うっとりとする。彼女は僕を拭きながらいつも、「早く元気になあれ。早く元気になあれ」と呪文のようにささやく。その声が、僕はとても好きだった。
鏡の中の僕の身体は、食べかすだらけだし、汁を吸った毛が束になりてらてらと光っているし、膝のあたりや肘、足の裏などから綿が飛び出しているしで、あちこちかなり傷んでいるが、それでも厳つく、自分で言うのもなんだが、強そうに見える。
でもまあ、そのせいで僕は捨てられたのだから、強そうに見えるのはあまり喜ばしいことではないのかもしれない。
僕と対面した時の女の子の泣き声が、今でも耳にこびりついている。僕は仲良くしたかったのに。いいお友達になりたかったのに。きっとあの子は、僕みたいに巨大でリアルな物じゃなく、もっとかわいい感じのゴリラのぬいぐるみが欲しかったのだろう。
ゴミとして出され、焼却施設に送られ、もう少しで焼かれるという時に、ある人が僕を訪ねてきた。
そして僕は焼却施設から運び出された。身体を洗ってもらい、毛を梳いてもらい、ほつれをかがってもらった。
僕を救ってくれた男の人の家にはたくさんのぬいぐるみがあった。どれもこれも僕と同じように捨てられていたのだと彼は説明した。
彼は僕たち、一つ一つをとても大切にしてくれ、毎日あれやこれやと世話を焼きながら色々な話しを聞かせてくれた。
「君たちのように、ただ存在し続ける、ということが人間は苦手でね」
彼はそう語った。
僕たちでもわかりやすい例をたくさんあげて、人間がいかに繊細で弱く、脆い生き物かを説明する。
「自分の存在する意味みたいなものをね、いつも、いくつになっても確認していたい、誰かに必要とされたいんだ。役割、とでもいうのかな、そういうものがないと不安なんだろう」
彼は苦渋を浮かべて話し続ける。
「しかしその役割っていうのがやっかいでね。それがあるうちはいいんだが、なくなったとたん、人間てのは壊れてしまうんだよ。突然、足元から地面がなくなってしまったみたいに感じるんだろうな」
不安が人を壊してしまう、彼はそう考えているようだった。
そして、そうやって壊れてしまった人がたくさん、たくさんいるのだ、と彼は言った。
「だから君たちが必要だと、私は考えているんだよ」
話の最後に、彼はいつもそう言って僕たち一つ一つを撫でて回る。
彼の話はもともと命を持たない僕には理解できないことも多かったけれど、必要とされることの素晴らしさは、なんとなくわかる気がしていた。現に僕は、彼からこの話を聞かされるたびに、焼却施設で焼かれなかったことを幸せに思うようになっていたのだから。
ある日、彼が僕のところにやってきて「さあ、君の出番だぞ」と言った。
僕は車に乗せられ、これから僕が行くべきところ、やるべきことの説明を受けた。
ある病院に入院している女性が僕を必要としているらしい。
病院に向かう道すがら、一緒に来てくれた彼がその女性の詳しい事情を話してくれた。
それはとても複雑な話だったけれど、所々の単語を集めて、僕は女性が長年連れ添ったご主人を亡くして、壊れてしまったことを理解した。
ご主人が病に倒れた時、女性は当然自分が世話をするのだと思っていた。それを望んでもいた。けれどそれが叶わなかった。世話どころか看取ることも許されなかったらしい。
「人間てのは愛や情が絡むと、また複雑でね」
彼は悲しそうに話した。だから僕は、それが悲しいことなのだと知った。
女性は葬儀で喪主を立派に務めあげた後、自ら命を絶とうとしたそうだ。
幸い命は取り留めたが、心は戻らなかった。
病院に入院してからも、そこが病院だという認識はあるが、自分が患者だという認識はないらしい。死の病に冒されたご主人につきっきりで看病をしている、と女性は思い込んでいる。なのにご主人が見あたらないわけだから、女性は混乱しパニックに陥り、自分も他人も傷つけかねない状態だという。
そんな彼女が、僕の写真を見て反応を示したというのだ。
本当にそんなことがあるのだろうか。
「君が亡くなったご主人に似ているとか似ていないとか、そういうことは関係ない。彼女がそう思い込んでいる、信じている、ということが大切なんだ」
彼は続けた。
「こういうことをするのは、別に君が初めてという訳じゃない。これから君がやるようなことを、すでにたくさんのぬいぐるみたちが行っているんだよ。日本中のあちこちで、仲間たちがたくさん活躍しているんだ」
でも僕は何も出来ない。自分で動けもしないのに、女性の大切なご主人になりきるなんて、無理だよ、僕は声にならない声で訴えてみる。
「何も特別なことをする必要はないのさ。ただ彼女のそばにいるだけでいい」
不安な気持ちでいっぱいの僕に彼は優しくささやいた。
そうして僕はこの病院で、彼女との生活をスタートさせたのだ。
「あら、安藤さんは?ってあんたに聞いてもね。まだ汚らしいあんたがここにあるってことは・・給湯室か」
あまり望ましくない人が突然洗面所に入ってきた。女性は僕を素通りして、給湯室に向かう。
「ああ、いたいた。安藤さん、あのねお薬飲んでないでしょう。一度食堂にもどりましょうね」
その人は何をそんなに急いでいるのか、いいから早く早くと、せっかちな声で彼女に話しかけている。僕は知っている。患者仲間の間でこの人は、強引で患者のことなんてちっとも考えない看護師として有名だということを。
「いやってことないでしょうが。薬飲まないとどうなるの?悲しくなるんだよね、辛くなるんだよね、わかってるんならほら、来てちょうだい。朝も起きてこないからもう、困っちゃうのよねえ、ほんと」
その後も、ああだこうだと彼女を急かす、看護師さんの声だけが響いてくる。きっと彼女は、僕をきれいにするために一生懸命抵抗しているのだろう。
少しは待てよ。僕が代わりに言ってやりたい。そんなに急かさなくたって、僕のお世話がひと段落したら、彼女をナースステーションに導いてみせるからさ。そう言えたらどんなにいいだろう。
ほどなくして彼女は、せっかちな看護師さんに手を引かれて給湯室から出てきた。手には僕を拭くためのタオルを握りしめている。先ほどまでの生き生きとした表情は消え、目も虚ろで、まるで違う世界に入り込んでしまったように心細い顔をしている。
「あなた、ごめんなさい。この人がどうしても来て欲しいって・・。なんだかよくわからないんだけど、ごめんなさい、すぐ戻りますから」
消え入りそうな声でそう言うと、彼女は僕の方を振り返り振り返りしながら手を引かれて行ってしまった。
せっかちな看護師さんのキュッキュッというナースシューズが床をこする音と、ペタペタという遠慮がちな彼女の足音が徐々に遠ざかっていく。
「やだぁ、安藤さん、おもらしおもらし」
遠くから看護師さんの大声が響いてきた。
もっと彼女のペースで、彼女の役割を尊重して接してくれれば、不穏になることも減るし、おもらしだってなくなるかもしれないし、生活のリズムだってきっとついてくるはずだ。
確かに彼女に薬は欠かせないし、ひとたび不穏状態に陥ったら落ち着かせるのは大変なことだ。
でもだからこそ僕はここにいて、こうして彼女と過ごしているんじゃないのか。
しかしその事を理解してくれる看護師とそうじゃない看護師がいるのも現実だ。今来た人は、もちろん後者で、僕の存在などまったく認めていない。むしろばかばかしいと思っているのだろう。
ぬいぐるみに何ができるのだ、と。
一歩も動けない歯がゆさに押しつぶされそうになった僕は、鏡の中の自分を睨みつける。毛むくじゃらで、飛び出した綿以外は真っ黒。
でかい図体を車椅子に投げ出すように座っている。
「君は、キングコングじゃないか」
ふと、僕を焼却施設から救い出してくれた彼の第一声を思い出す。キングコングってのはな、強くて逞しくて優しいんだぞ。彼はまるで自分のことのように誇らしげだった。
正直、僕がいることで彼女が幸せなのか、わからない。僕は、本物のキングコングのように強くて逞しくて、優しくできているだろうか。
僕だけじゃなく、僕たちぬいぐるみが、人間に役割を与え、必要とされていると感じさせ、生かすことに一役買っているなんて、本当だろうかと今でも思う。
けれどそんなことを実際に検証したり、研究したりするすは、また別の人間にまかせればいい。
それに看護師さんたちから、彼女が落ち着いてきただの、明るくなっただのと言われると、やっぱり少し嬉しくなる。
僕は彼女が、少しでも長い時間、穏やかで人間らしく生きられれば、それでいい。
彼女が僕を必要としている間は、僕は身体が不自由で朝寝坊の、世話の焼ける夫になりきってみせる。
それこそが命のない僕の存在意義だから。
鏡の前で僕は彼女を待ち続ける。
「こんなところで何やってたの?心配しましたよ」
きっと彼女は僕を見つけてホッとした笑顔を見せてくれるだろう。薬を飲み忘れたことも、おもらししたことも、僕をここに置き去りにしたことも、すべて忘れて。
実は、ぴんと来てしまった。
返信削除この女性が実は車椅子の「僕」を世話しているようで、病的な問題を抱えているようだ。すぐに私のインスピレーションがあたっていたことがわかった。さすがだね、私。
>・・懇願するように彼女はつぶやき、意を決したような表情で再びトマトをつまむと、僕の口元に運び、そのまま唇にトマトを押し付けた。塗りたくるようにぐりぐりぐりと左右に動かすと、果肉がつぶれて口元を濡らし、顎をつたって胸まで滴った。
「えらいわ。そうよ、その調子で頑張りましょう」
彼女は泣き出しそうな顔で僕を励まし、今度は錦糸卵を指でつまむ。そしてそれをまた僕の口に運ぶと、指に力を込めて押し付ける。卵はぬちゃっと潰れてちぎれ、ぼたぼたと落下する。
私は思わず胸が痛くなった。
目が潤む。
「僕」は、彼女の想像した人物、あるいは、昔の死んだ恋人が彼女の希望で、現世に現れてきたのか。
いや、実は事故で全身不随になった精神的には全く正常なのに、話すことも動くことも出来なくなった「僕」であるのか。
だとするなら、彼女の行動がどれほど「僕」を悲痛な思いにさせるのか・・・
私は、「僕」の悲しみを共有した。
その「僕」が、まさかキングコングのぬいぐるみだったなんて!!!!
やられた。
チョット長かったが、その構成はさすがだった。
2回読んだ。2回目の「ぺたぺた」は、全く違って聞こえた。
人間は、ただ存在し続けるっていうのが苦手ですね。凄く共感出来ました。これをゴリラの縫いぐるみ目線で語らせるなんて驚きです。パッと見長いと思いましたが、削って欲しい箇所はなく読みごたえ充分でした。
返信削除寿月さん
返信削除これはすごいわ。さすが寿月さんですね。小手先ではない構成のすばらしさ、題材の奥深さ。
悲しい状況の中にも、明るさを伝える「僕」がいる。この「僕」が唯一の救いとなっている。
そんな「僕」から見た世界観。どう褒め称えようかと思っても、言葉が見つからないほどのできばえです。
これが三題話だとは、誰も思わないでしょう。
こんな文章読まされたら、寿月さん、「惚れてまうやろー」(笑)って感じです。
すばらしい作品を、どうもありがとうございました。
今度は、短いやつも読ませてね^^