編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。第2回目のお題は「トマト、ぬいぐるみ、朝寝坊」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、御美子さんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「大佐、俺はもうだめだ。敵と闘う前に妙な病気になっちまうなんて。ここは西部とは勝手が違い過ぎますぜ」
「すまん。私の馬だけをやっと輸送できるなんて、大きな誤算だった。国に帰れるよう大統領に手紙を書いた。もう少しの辛抱だ。元気を出せ」
「お袋のポークビーンズが食いてえです。あれさえ食べりゃあ、何時だって、たちまち元気になるんですよ」
「ポークビーンズか。暫くご無沙汰してるな。私は面倒臭くてケチャップで味付けしたが、お前の家の味の決め手は何だい?」
「そういや、お袋とそんなに話もしなかったなあ」
「西部の女なら、トマトソースから手作りだろう」
「お袋・・・」
「ビル、しっかりしろ!死ぬんじゃない。ビル、ビル!」
「あなた、あなた、どうなさったの?」
「・・・。夢を見ていたようだ」
「悪い夢を見たのね」
「ああ、キューバ戦線の時のことを思い出してたようだ」
「それなら、あなたにとって人生最良の日だったんじゃありません?」
「同時に、曇った時間でもあったんだよ。兵の帰還を要請する大統領への手紙が、新聞社にリークさえしなければ、名誉勲章が確実だったのに」
「あらあら、ノーベル平和賞だけじゃ足りませんの?」
「ところで、今何時だ?もう、起きる時間じゃないのか?」
「昨夜のカーネギー財団の方達との会食でお疲れでしょう?もう少しお休みになったら?ここはホワイトハウスじゃないんですから」
「そんな訳にはいかない。昨夜は私達一行のアフリカン・サファリ資金援助の確約が出来たんだ。早速準備に取り掛からなくてはならない。直ぐに支度をしてくれ」
「はい、はい。公職を退いても、相変わらず忙しいのね。少しは朝寝坊が出来るかと期待していたのに」
1909年、セオドア・ルーズベルトは2期の大統領職を終え、彼の意思を受け継ぐ長年の友人を後継者を指名したこともあり、政治の表舞台からは退こうと考えていました。子供の頃からの趣味だった狩猟に出掛け、自ら仕留めた動物の剥製を博物館に寄附することを余生の楽しみにしようとしていたのです。
セオドアの愛称テディが、愛らしいくまのぬいぐるみの商品名になったことは有名ですが、実際のセオドア・ルーズベルトの印象とはかなり違っていたようです。
ところが、旅行から戻ってみると、後継者のウイリアムHタフト大統領と自分の政策の間に大きな溝があることが分かり、自らの政党である共和党からの出馬を諦め、1912年と1916年の大統領戦に革新党の公認候補として出馬しますが、何れも民主党に敗れることになってしまいました。
「大佐、1920年の大統領戦に共和党公認で出馬してください。テディ人気は未だに健在ですから」
「何て下品なニックネームなんだ。一般大衆っていうのは激しく生意気だな」
「大佐、口を慎んでください。この話が外部に漏れたら、今まで築いてこられたものが全て水の泡です」
「分かっている。マスコミの怖さは、身をもって知ってるよ」
周囲の期待も空しく、セオドア・ルーズベルトは南米探検中にマラリアにかかり、徐々に健康が衰えていきました。そして、ニューヨーク市内の病院で2ヶ月半リウマチのために闘病生活を送ることになりました。
「ハニー、クエンティンを呼んでくれ」
「クエンティンは去年フランスで名誉の戦死を遂げたじゃありませんか」
「そうだったな。末っ子のあの子が先に逝くなんて」
「他に5人も子供達がいらっしゃるんですから、あなたはまだ良い方ですわ」
「数の問題じゃないんだよ」
「母親達はどの子も失いたくないのですよ。でも、あなたは常々アメリカの女なら、4人は子供を産まなければならないと仰ってたわ」
「ああ、クエンティン。あの子に代わる者など居ないのに・・・」
1919年1月16日、第26代アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは就寝中に心臓発作に襲われ亡くなりました。
約80年後の2001年1月、米西戦争の際、自ら募った義勇兵ラフ・ライダースを率いて、2度の突撃をした功績でアメリカ兵士に贈られる名誉勲章を授与されたのでした。
「大佐、俺はもうだめだ。敵と闘う前に妙な病気になっちまうなんて。ここは西部とは勝手が違い過ぎますぜ」
「すまん。私の馬だけをやっと輸送できるなんて、大きな誤算だった。国に帰れるよう大統領に手紙を書いた。もう少しの辛抱だ。元気を出せ」
「お袋のポークビーンズが食いてえです。あれさえ食べりゃあ、何時だって、たちまち元気になるんですよ」
「ポークビーンズか。暫くご無沙汰してるな。私は面倒臭くてケチャップで味付けしたが、お前の家の味の決め手は何だい?」
「そういや、お袋とそんなに話もしなかったなあ」
「西部の女なら、トマトソースから手作りだろう」
「お袋・・・」
「ビル、しっかりしろ!死ぬんじゃない。ビル、ビル!」
「あなた、あなた、どうなさったの?」
「・・・。夢を見ていたようだ」
「悪い夢を見たのね」
「ああ、キューバ戦線の時のことを思い出してたようだ」
「それなら、あなたにとって人生最良の日だったんじゃありません?」
「同時に、曇った時間でもあったんだよ。兵の帰還を要請する大統領への手紙が、新聞社にリークさえしなければ、名誉勲章が確実だったのに」
「あらあら、ノーベル平和賞だけじゃ足りませんの?」
「ところで、今何時だ?もう、起きる時間じゃないのか?」
「昨夜のカーネギー財団の方達との会食でお疲れでしょう?もう少しお休みになったら?ここはホワイトハウスじゃないんですから」
「そんな訳にはいかない。昨夜は私達一行のアフリカン・サファリ資金援助の確約が出来たんだ。早速準備に取り掛からなくてはならない。直ぐに支度をしてくれ」
「はい、はい。公職を退いても、相変わらず忙しいのね。少しは朝寝坊が出来るかと期待していたのに」
1909年、セオドア・ルーズベルトは2期の大統領職を終え、彼の意思を受け継ぐ長年の友人を後継者を指名したこともあり、政治の表舞台からは退こうと考えていました。子供の頃からの趣味だった狩猟に出掛け、自ら仕留めた動物の剥製を博物館に寄附することを余生の楽しみにしようとしていたのです。
セオドアの愛称テディが、愛らしいくまのぬいぐるみの商品名になったことは有名ですが、実際のセオドア・ルーズベルトの印象とはかなり違っていたようです。
ところが、旅行から戻ってみると、後継者のウイリアムHタフト大統領と自分の政策の間に大きな溝があることが分かり、自らの政党である共和党からの出馬を諦め、1912年と1916年の大統領戦に革新党の公認候補として出馬しますが、何れも民主党に敗れることになってしまいました。
「大佐、1920年の大統領戦に共和党公認で出馬してください。テディ人気は未だに健在ですから」
「何て下品なニックネームなんだ。一般大衆っていうのは激しく生意気だな」
「大佐、口を慎んでください。この話が外部に漏れたら、今まで築いてこられたものが全て水の泡です」
「分かっている。マスコミの怖さは、身をもって知ってるよ」
周囲の期待も空しく、セオドア・ルーズベルトは南米探検中にマラリアにかかり、徐々に健康が衰えていきました。そして、ニューヨーク市内の病院で2ヶ月半リウマチのために闘病生活を送ることになりました。
「ハニー、クエンティンを呼んでくれ」
「クエンティンは去年フランスで名誉の戦死を遂げたじゃありませんか」
「そうだったな。末っ子のあの子が先に逝くなんて」
「他に5人も子供達がいらっしゃるんですから、あなたはまだ良い方ですわ」
「数の問題じゃないんだよ」
「母親達はどの子も失いたくないのですよ。でも、あなたは常々アメリカの女なら、4人は子供を産まなければならないと仰ってたわ」
「ああ、クエンティン。あの子に代わる者など居ないのに・・・」
1919年1月16日、第26代アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは就寝中に心臓発作に襲われ亡くなりました。
約80年後の2001年1月、米西戦争の際、自ら募った義勇兵ラフ・ライダースを率いて、2度の突撃をした功績でアメリカ兵士に贈られる名誉勲章を授与されたのでした。
御美子さん
返信削除いつもながらの史実を踏まえた物語。これが三題話であることなど、全然忘れて一気に最後まで読んでしまいました。
読み終わってから、どこに三題が入っていたか読みなおして認したほどです。
きれいにクリアされていました。
raitoさん、
返信削除三題のうちトマトを出したのは自分なのに
実はトマトを入れるのが一番大変でした。
三題話番外編、アゼルバイジャン編や海賊編よりも
手こずりましたが、試行錯誤した分
出来上がった作品への愛着もひとしおなんです。(^.^)
大変良い読み物になっていると思います。
返信削除そうですね。3題話の今回のトマトとぬいぐるみは私も苦しみました^^不思議ですね。難しいと言われるものより、なんでもない題材のほうがわざとらしくなってしまうというのは。
ですが、この作品はわざとらしさが全くないです。さすが。
miru さん、
返信削除三題話に取り組み始めた当初は
お題をクリアするだけで自己満足していました。
幾つか出来上がっていくうちに
miruさんのように読み応えのある作品にしたくなりましたが
未だ途中に説明を補わなくては全体として意味が通じません。
小説部分だけで成り立たせるのが今後の課題です。
私は御美子さんの書かれる文章が大好きだと以前告白させていただきましたが(笑)なんでだろう・・と改めて考えてみました。
返信削除そしたらリズムがいいんですね。読んでいて立ち止まらずに最後までいく、これってとっても難しいことだと思うのですが、御美子さんの文章はどれもそうなんです。
ルーズベルト大統領のお話。
途中からは三題話かどうかなんて、どうでも良くなっちゃうほど引き込まれました。
この短さの中に、この物語を完成させるべき記述、読者を納得させるべき部分がすべて入っている。
素晴らしいです。
ありがとうございました。
寿月。
寿月さん、
返信削除何ということでしょう。コメントを見逃していました。長い間大変、大変失礼を致しました。私の文章にリズムがありましたか?自分では考えたこともありませんでした。ただ、どなたが読んでも分かりやすくする点だけは常に考え、今後も追及していきたいと考えております。お褒めに預かり大変嬉しく励みになりました。この返信をご覧いただけるかどうか分かりませんが、気持ちが伝わることを願っております。