2012年9月1日土曜日

暁焰の怪異万華鏡3 by 暁焰

<不思議の箱>
子どもの頃、秋の祭になると、近くの商店街に屋台が立ち並んだ。
ある年、まだ幼かった弟を連れて、雑踏の中を二人歩いていると、通りの中程にある小さな公園に見世物小屋が出ていた。
この見世物小屋は、毎年、祭になるとやってきていたのだが、出し物はいつも同じ。
それも、作り物としか思えないちゃちな木乃伊、二人羽織に少し毛が生えたようなろくろ首など、一目で子供騙しのぺてんと見破れるようなものばかりだったので、幼い頃はともかく、少し長じてからは興味をそそられることも無くなっていたのだが、まだ幼かった弟が仕切りに見たがった。
仕方なく、二人分の木戸銭を払って中に入ったのだが、子供騙しのぺてんも、弟にとってはそれなりに珍しかったようで、一つ一つの出し物に他愛もなく喜んでいた。
ひとしきり小屋の中を廻り、外に出ようとすると、出口のすぐ脇にも、出し物らしきものがあつらえてあった。
見ると、黒い衣装と仮面を身に着けた手品師のような人物が、前に小さな箱が乗ったテーブルを置き、その後ろに控えるようにして立っている。
弟と二人、立ち止まり、一体何の出し物かと伺うと、テーブルの後ろの黒ずくめの男——顔が隠れていたので、実際は性別などわからなかったのだが——が、おもむろに片手で卓上の箱を、もう片手で頭上の看板を指差す。
見上げると、看板には「不思議の小箱。見えるか見えぬか、覗いて御覧」の文字。
箱に目を移すと、確かに小さな覗き筒のようなものが箱の横から突き出ていて、どうやら看板に謳われている不思議の小箱とはこれのことらしい、とわかった。
筒を指差し、ここから覗くのかと問うと、男がうなづいたので、まず弟に先に覗かせてやると、何が見えたのか、声を上げながら熱心に覗いている。
少し興味を引かれ、交代して覗き込んで見たのだが、幾ら目を凝らしてみても、目に映るのは真っ暗な闇ばかり。
顔を上げ、何も見えない、と言うと、男はもう一度先のように頭上の看板を指差す。
書かれた文句を再度読んで、なるほど、何かからくりがあって、見えたり見えなかったりするのが売り物なのだ、と合点が行った。
おそらく、見える見えないのからくりは、男が操っているのだろうと思い、見せて欲しいと頼んだのだが、男は答えず、看板を指差すばかり。
どうでも、見せる気はないらしい、とあきらめ、そのまま弟の手を引いて、外に出、家路に着くことにした。
公園から再び通りへと戻るように歩くすがら、箱の中に何が見えたのか、と弟に聞くと、何も見えなかった、と意外な返事が返ってきた。
ならば、なぜずっと覗き込んでいたのか、と重ねて問うと、箱の中には何も見えなかったが、覗き込んでいる間、閉じているもう片方の目の裏に、おかしなものが幾つも浮かんで、不思議だった、と答えるのを聞いて、ひどく驚いた。
振り返ってみたが、出てきたばかりの出口は、遠目からは薄暗いばかりで、何の気配も伺えない。
翌年より後も、弟を連れて何度か見世物小屋に入ったが、不思議の小箱も、手品師のような男も、その年に見たきりで、二度と見る事は無かった。

4 件のコメント:

  1. 御美子9/02/2012

    素直で邪心のない子どものような心を持った人間でなければ
    見えないということなのでしょうか。
    弟さんの閉じた瞼に写し出された映像が何だったのかも気になります。
    一種の心理テストであるような気もしました。

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    1. 暁焔9/04/2012

      コメントありがとうございます。
      見えるか見えないか、人を選ぶ点では心理テストっぽいですよね。
      ただ、テストと違って、基準がはっきりしてませんが。
      邪心のないひとには、美しい映像が、邪まな心の持ち主が覗くと怖ーい映像が浮かんだりするのかもしれないです。

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  2. raiito9/03/2012

    これはこれはきっかいな。これぞ世にも昨日の物語でござるな(笑)

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    1. 暁焔9/04/2012

      ライト様、コメントありがとうございます。
      はい、きっかいで面妖な箱でございます。
      「世にも…」は子供のころ、よく見ていたので、そんなテイストが出たのかもしれないです(笑)

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