<こんな夢を…>
ああ、消えた意識の中で夢を見ていた。
束の間の酔いの眠りだった。
するべきことを終えた二人はベッドに横になっていた。
くの字になった背中に、くの字のお腹がくっついている。
その下の尻には突起物が触れている。
興奮から冷めた無防備なものは柔らかいゴム製のおしゃぶりのようで気持ちいい。
後ろ手に触ってみる。
大きくならなくても硬くなくてもいい、私はこの手触りが好き。
子供の頃、母の二の腕や耳たぶをいじりながら寝たことを思い出す。
柔らかい温もりはなんて気持ちのいいものだろう。
肌と肌の触れ合いがこんなにも安らぐものだなんて。
私は温もりが欲しいのだ。
やさしさに飢えているのだ。
あ〜いいな、気持ちいいな。
夫でも彼でもない誰かの腕枕から寝返りをうとうとした。
背中が痛い。
戻りつつある意識がまぶたを押し上げた。
はめ込みの照明器具が目に入る。
見覚えのない景色。
どこ? あたりを見回してみて気がついた。
ここはレストランのトイレだ。
私はドアの前で床に仰向けに寝ていた、いや倒れていたのだ。
はっとして起き上がり、めくれたスカートを直す。
さっき小用を済ませた後に目眩がした。
個室の便座に座ったまま少し休んでから手洗い場に出て、手を洗った。
そこまでは良かった。
そこまでの記憶はあった。
しかしドアを開けようとしてその場で失神してしまったようだ。
どのくらいの時間だったのだろうか。
倒れている間に誰も入って来なかったのだから、たぶん一瞬のことだったのだろう。
もしドアを開けて人が倒れていたとなったら大騒ぎになるところだった。
フロアに出たらトイレに向かう女性とすれ違った。
危機一髪、発見されなくて良かった。
うねる海原を歩いているように、ふわふわと席を目指した。
実際海の上なんか歩いたことはないけど、歩けたとしたらウオーターベッドを踏んだ
こんな感じなのではないかと思う。
モーゼなら自ずと道を切り開くのだろうが、私はただ酔いの波に身を任せていた。
途中、再び立ちくらみがして、落下するジェットコースターのようにスーッとしゃがみこんでしまった。
お客様大丈夫ですか、と店員が来て支えてくれた。
席に戻ると、いらいらした友人がいた。
灰皿に長いまま何本も潰された煙草の吸殻が彼女の気分を物語っている。
蒼白な顔色の私をみても「なにしてたの」と身体を気遣うでもない。
それを無視して、いまね、と倒れたことを話そうとすると「帰ろう」と、聞く気のない返事ともつかない言葉が飛び出してきた。
後悔が沸いてくる。
来なければ良かった。
微熱があるのを押してきたのに来るんじゃなかった。
熱っぽいからキンキンに冷やした白ワインを頼んだ。
からからの咽喉に琥珀色の液体が染み渡る。
レ・カイユレのシャルドネは美味しい。
いい気になってごくごく飲んだ。
二人で一本だから大した量じゃなかったはずだ。
なのに今日に限って体調が崩れた。
無理をして出てきたから具合が悪くなったのだ。
成り立たない会話、すれ違う心はいつからか生まれていた。
たまに食事をしたり旅に出たり、たわいない話をして楽しんでいたのはいつ頃までのことだったろう。
そうか、彼女に恋人ができた時期までだ。
仲良しだった二人の関係も、異性の登場で変わってしまった。
独身者同士フットワーク軽く、気楽に食事や旅行を楽しんでいた。
互いに彼がいなくても十分日々を満喫していた時期もあった。
しかし彼女に相手ができたあたりから、この関係が崩れた。
恋した女性に生じる、なによりも彼氏優先、が彼女にも襲ってきた。
仕事の悩みや今後の暮らし方などを相談したくても、聞く耳が面倒くさがっている。
私の話など、取るに足りないことなのだ。
俗に言う、二人でいることの寂しさってこういうことなのだろうか。
友人でも、恋人でも夫婦でも、興味の対象が変わってしまうと会話が少なくなる。
言葉にならない言葉が胸に残り、重い石が詰まった感じだ。
それなのに、大事な日に誘う相手のいない私は、性懲りも無く彼女に声をかけた。
根っから冷たいわけではない彼女は、かわいそうに思って付き合ってくれた。
ただし、あとで彼の家に行くから長い時間は無理ね、と。
はいはい、わかったわよ! どうせ私より彼が大事なのは。
他愛も無い話をして美味しい食事にワインを楽しむだけの、心を許せる相手がいなくなった。
身内にも見放された気分だ。
「遅咲きの恋は先が短いから激しいのよ」という恋路を邪魔する気はさらさらない。
長い間待っていた恋なのだから、大輪の花になって欲しい。
応援もしているが、少し嫉妬心もあるのが本心だ。
嫁ぐ子供の親になった悲しさみたいだ。
そろそろ私も本気になって相手を探さなければ。
くだらない話を一緒に楽しめ、苦にならないのは異性の存在だ。
互いを許しあえ尊重できるのは、たぶん三年くらいだろう。
早く誰かを捕まえなければ、その三年もまっとうできるかどうかわからない年になる。
やばいぞ。
彼女と別れ、レストランに程近い天現寺交差点からタクシーに乗った。
失神した時に打った後頭部が、ずきずき痛み始めた。
髪の毛をかき分け、左手で触ってみたら小石くらいの硬いこぶになっていた。
夢の中でだけで安らげた、冴えない誕生日だった。
出だしの官能的な夢では人恋しいのだと自己分析し
返信削除現実世界の恋や結婚に焦る中年女性の気持ちを詳細に描写し
最後に、この日が作者の誕生日だったと分かったことで
侘しさが倍加したのですが、不思議と爽やかな読後感だったのは
作者のさっぱりした性格のなせる技なのかも知れません。
御美子さま。
削除ありがとうございます。
あと何回、こんな誕生日をむかえることになるのやら……
はらはらどきどきの人生です^^,。