友人のTさん夫妻から聞いた話である。
Tさんの家庭では、ネットでの海外TV番組配信サービスに加入している。夫婦揃って、日本のTV番組よりも、海外の番組、特にアクションドラマが好きなためだ。PCで受信した映像を、ケーブルで繋いだテレビに映しているのだという。
その日は、休日で、夕食を終えた後、ソファに並んで座り、お気に入りのタイトルを視聴していた。
番組は、一人の刑事を主人公にしたクライムアクションで、何話分かのエピソードを見ているうちに、深夜近くになった。もう一話見て、終わりにしよう、と話して、見始めたエピソードは、幼い子供を含めた一家が惨殺される、という内容だった。
ドラマのストーリーが終わりに近づき、犯行がどのように行われたか、犯人が回想するシーンがモノクロの映像で流れ始めた。両親が銃で撃たれ、子供達も順番に撃ち殺されていく。最後に残った赤ん坊に向かって、まさに引き金が引かれようとした瞬間、映像が止まった。
テレビのネット配信では、途中で映像が止まることは珍しいことではない。放っておけばすぐに映像データが読み込まれて、動き始めることが殆どだし、どうしても動かなければ、ページをリロードしたり、最悪PCを再起動すれば、続きの映像が流れる。だから、この時もTさんは最初は何とも思わず、しばらく待っても映像が流れる気配がないために、PCやネットをいじり始めた。
異変に気付いたのは、その直後からだった。
再度、流れ始めたドラマは、止まっていた場面からほんの少しだけ撒き戻った場面から始まった。子ども部屋に踏み込む犯人、あどけない赤ん坊の寝顔、向けられる銃口、そして、引き金が引かれようとする。
何度、ページをリロードしても、一度、ブラウザを落として立ち上げなおしても、その短い15秒ほどのシーンだけが繰り返し、繰り返し、流れる。
ドラマとは言え、場面が場面だけに、余り気分のよいものではない。配信されている番組の中から、別のものを選んで、視聴しようとしても、やはり同じシーンが流れ続けている。
TさんがPCやネットの設定を調べても、異常は見当たらず、結局配信サービス会社のサーバーか、プロバイダ側に何か問題があるのだろう、と結論づけた。時刻も遅かったので、次の日に、双方のカスタマーサービスにでも電話しよう、とPCの電源を落とした。
「ちょっと!早く、電源切ってよ!」
TVの画面ではなく、PCのモニターを見ながら終了させていたTさんに奥さんが少し怒った調子で声をかけた。その言葉に少しむっとして「もう切ってる」と言いかけながら、顔を上げたTさんは目を疑った。
PCの電源が落ちているにも関わらず、やはりテレビに同じ映像が流れ続けているのだ。子供部屋に踏み込む犯人、あどけない赤ん坊の寝顔、銃口が向けられ、引き金が…。
「な、なんだ…これ…」
思わず息を呑んだTさんが、テレビのリモコンに手を伸ばし、テレビの電源をオフにしようとしても、なぜか作動せず、同じ映像が流れ続ける。リモコンではなく、テレビ側の主電源スイッチをオフにしても、映像は途切れない。
「なんなの!どうなってるの!」
背後で上がった奥さんの声を聞きながら、Tさんは慌ててテレビのコンセントを引き抜いた。
ぷつり、と映像が途切れて、リビングにようやっと静寂が訪れた。夫婦二人で、顔を見合わせた瞬間、ベランダの方から音が聞こえた。
ガラスのサッシが微かに揺れている。風で揺れているというよりは、何かが押しているように聞こえた。
立ち上がって、サッシを隠しているカーテンを開けたTさんは、思わず声をあげそうになった。サッシにはめ込まれたガラス一面に、無数の小さな手形が付いていた。丁度、赤ん坊の手のような。
次の瞬間、ごうっと音を立てて、強い風が吹き、サッシが音を立てて揺れた。同時に、背後にいる奥さんが悲鳴を上げるのが聞こえた。ガラスに付いた手形を見てしまったのかと思いながら、Tさんが振り返ると、奥さんは何も映っていない真っ暗なTVの画面を血の気の引いた顔で見つめていた。
強い風が吹きぬけた一瞬、テレビが着き、映像が映った。白い背景の中に、赤い服を着た女が口を開けて笑っていた。スピーカーからは、げらげらと大声で笑う声が聞こえた。女性のものとは到底思えないような太い声の背後には、たくさんの赤ん坊の泣き声が響いていた、と今にも倒れそうな様子で、声を震わせながら、奥さんは語った。
震える奥さんをなだめ、落ち着かせてから、恐る恐る、Tさんがカーテンを開けても、窓にはもう何も見えなかった見えなかった。
Tさんは、風の音しか聞いていない。逆に、奥さんは、Tさんが見たという窓に付いた手形は見ていない。
わからないんですよねえ、とこの話を語り終えたTさんは首を傾げていた。
「赤ん坊の幽霊が何かを訴えにきたとかって話だけなら、まだ、なんとなく分るんですけどね」
奥さんが見たものと、笑い声がわからない。自分としては、そっちの存在の方が怖い気がする。それでも、
「カミさんが見たもんは女性にしか見えないんじゃないかって。そんな気がするんですよ」
ただの勘ですけどね、とTさんは語っていた。
怖い(映像)怖い(出来事)、全てが怖すぎます。
返信削除映像や一連の出来事も怖いですが
その後のTさんの落ち着いた対応も怖いです。
私だったら、Tさんの話を最後まで聞けませんし
文章に起こすことは絶対無理だと思います。><