パリにいると「普段の食事はフランス料理ばかりですか?」と聴かれることがある。
まさかぁ。ほぼ日本風洋食か日本食ですよ。
世界中の人がそうだろうと思うけど、外国に住む人は例え本来の材料がなくとも、有り合わせでなんとか自国の懐かしい味を食べているものなのだ。
材料も大体は、スーパーで買えるし、今はグローバルの時代。お金さえ出せば、ごぼうや納豆だって日本食料品店に行けば何でもある。
ってんで、こんにゃくや日本のお米はさすがに近所のスーパーにはないので、メトロ一本15分ほどかかる「オペラ駅」の近くにある日本食料品店に買い物に行った。
さて帰ろうと思ったが、喉が渇いたので、カフェに寄ることにした。
街路樹のマロニエが高い穂状の花を咲かせている。日差しが暑くさえ感じるのだが、葉が生い茂りカフェのテラスの日陰になっている部分はだがまだ少し寒そうだ。
私は店内に入ることにした。片面はオープンカフェになっているので少し段差がある。
買い物のキャリーにこれでもかと詰め込んであるので、重くて上げられない。
ギャルソンに頼もうと思ったら、椅子に座っていた8歳くらいの女の子が急いで降りて来て「madame 、je vous aideマダム手伝うわ」とキャリーの下のほうを持ってくれた。
こういうところは本当にフランス人って教育が行き届いていると思う。
日本人の子供なら、まず手伝ってくれる子はいないだろう。
その思いはあっても、恥ずかしくて口が出せないに違いない。
「merci mademoiselle c'est gentil ご親切にありがとう」
私はお礼を言って、近くのテーブルに座った。
桜が散ったあとすっかり寒くなって冬に戻りそうだと思ったのに、昨日から突然暖かくなりはじめた。
来る日も来る日も曇りだった空が真っ青な空になり、花が咲き始め、鳥がさえずり、パリの一番良い季節を迎えたことが実感として目に入ってくる。
通りにはひっきりなしに車が通り、人も行き来が激しい。
それでもカフェに座っていると、どこかヨーロッパ独特のゆったりとした時間を感じさせるのだ。
ちょうどお茶の時間だ。私はタルトタタンというリンゴパイとダージリンのテ・オー・レを頼んだ。*The au lait (ミルクティー)
先ほどの女の子が私をじっと見ているのに気がついたので、声をかけた。
「あなた一人なの?」
「ううん、今パパはタバコを吸いに行ったの」
「カフェでタバコも吸えないなんて、ジャン・ギャバンが聞いたら泣くわね」
「だぁれ?その人」
「ああ、あなたが知るわけもないわね。昔の世界的に有名なフランス人の俳優よ」
「へーー、マダムは何処の国からきたの?」
「ジャポン(日本)よ」
「そうか、パパのコピンヌ(恋人)はシノア(中国)なの。ジャポンと近い?」
「まあね、でも全然違うけど」
「パパが中国に行っていたから、パパに会うの2ヶ月ぶりなの」
「そう、楽しかった?」
「うん、すっごく。ディズニーランドも行ったよ」
「それは良かった」
「でも、もうパパとお別れしなくちゃ、もうすぐママンが迎えに来る」
「そうか、でも、ずっとパパに会えない子より、たまに会えるのならあなたは幸せね」
「うん、クラスのルイなんかもう何年も会ってないんだって、だから私は幸せよね」
「そう思うわ」
彼女の携帯が鳴った。どうやらママンからのようで楽しそうに話している。
私はケーキを食べはじめた。美味しい。
田舎風のこのタルトタタンは、旅館業をやっていたタタン姉妹が、忙しさのあまりにうっかりパイを反対にしてしまった為にそのまま焼いたという失敗作成功のお菓子なのだ。
「ママン、うん、今パパはタバコ吸いに行っている。うん、わかった」
と言っているそばから、ママンがカフェに入ってきた。
女の子はママンとキスをした。
そこに、パパも戻ってきた。パパとママも抱擁しあい、キスをした。とても儀礼的だったけれど。
ママンが座って、パパはカフェを出て行った。
突然女の子はパパの後を追った。
交差点の前でパパにしがみつく。
パパは泣きそうな歪んだ顔をして女の子を抱きかかえた。
女の子の目を見て必死に何か語りかけている。
それはまるで、昔見た映画のワンシーンのようだった。
女の子はトボトボとカフェに戻ってきて、ママンの膝に顔をうずめ声を上げずに泣いている。
ママンは、そこが禁煙だというのに、タバコを出して吸い始めた。
煙が目に染みるのだろう。
涙を一筋流して。
カフェのギャルソンも、禁煙です、とは言わずにママンの前にコーヒーだけ置いていった。
春の空も気まぐれだ、先ほどまでの青空は灰色になり、雨がぱらついて、太陽が隠れた分だけ寒くなった。
嫌になっちゃう、荷物があるのに。
私は、マロニエの花を見上げながら、少し冷めかけた紅茶を飲み干した。
♪【Marie Laforet - Viens, Viens 】
歌:マリーラフォーレ<ヴィアン・ヴィアン>
太陽がいっぱいでアランドロンの相手役をやって有名になります。
今はスイス国籍だそうで、女優、シャンソン歌手です。
声を立てずに泣く女の子。
返信削除タバコを吸いながら一筋の涙を流す母親。
何も言わずにテーブルにコーヒーを置くギャルソン。
とても悲しいのに絵になる光景。
行ったこともないのに「パリならでは」なんて
しばし思いを馳せてしまいました。
選曲も素敵で、内容は分かりませんが
悲しみを力強く歌い上げているように思いました。
御美子さん、こんにちは。
削除物を書いている者は皆が感じることだと思いますが、コメントをいただくことは、嬉しい事ですよね。いつもご感想をありがとうございます。
オープンカフェの部分と、ガラス張りの部分があって、その光景はまるで巨大スクリーンに映る【映像】のようでした。
私は女の子と言葉を交わしていたので様子がわかり、カフェのギャルソンは経験から、察していたのでしょう。さすがですね。決まりは決まりとしてその洒落た対応に、私もここはパリだな・・・とかんじいりました。
ヴィアン・ヴィアンは、恋人の元に行ったお父さんに、帰ってきて、と訴える歌です。詞を理解すると、切なさがますでしょう。
日本語訳がありますので、よろしかったら。
コツツボの館にご登場のカズコリンヌさんのお部屋で見ることができます。
【シャンソンとフレンチポップスとフランス語の日々】http://chansonzanmai.blog27.fc2.com/blog-entry-206.html
拙い感想で申し訳ないです
返信削除・・・・
カフェのギャルソンも、禁煙です、とは言わずにママンの前にコーヒーだけ置いていった。
・・・・
ギャルソンには関係ないはずだが、その親娘の情景を気遣っての行動なのだろうが、なんともせつない
大人の勝手で迷惑を被るのは子供だよね
私の周りでもよく見かける
別れた父に会いに行く子供の気持ちは喜びにあふれているようで、悲しみも一杯だろう
私の経験のないことなので何とも言えない
というところかな
キリンさん、
削除ご感想をありがとうございます。
子供の心情を思うと、せつないですね。
でもね、子供って存外タフですよ。
親のほうが助けられるようです。
キリンさん、お時間を割いていただいて感謝です^^
mirubaさん、おはようございます。
返信削除フランスのキャフェもとうとう禁煙になってしまったのですね。
健康より快楽のフランス人もWHOには敵わなかったのかな?
お心遣いありがとうございます。
kazkolineさん
削除コメントをありがとうございます。
これからの季節は外のテラスに座れば、タバコは吸えますから、問題ないですね^^
日本はガラス張りなどで部屋が仕切られていますが、こちらは換気が悪いし部屋を仕切る資金が無いというのでタバコを吸う方は外に出ざるを得ないですね。
昨日もシャンティーまで行ってきたのですが、レストランで食事をする人が、食事中タバコを吸いに何度か外に出る風景を見ました。いまやデパートやハイパー病院の裏路地は、タバコをたしなむ人たちが一杯^^煙がモクモクです^^
ヨーロッパで一番の長寿国ですからね。最近は健康番組も多いですよ。アメリカのジャンクフードが入ってきたから、フランス人も変な太り方をするようになった。とか言ってましたね^^
<kazkolineさんのへや>
【シャンソンとフレンチポップスとフランス語の日々】http://chansonzanmai.blog27.fc2.com/blog-entry-206.html