2012年7月7日土曜日

東京NAMAHAGE物語9 by 勇智イソジーン真澄


<稼ぐに追い抜く貧乏神より来訪神>

「わぁあ〜」
「きゃあ〜」
子どもたちのにぎやかな、悲鳴にも似た声が聞こえる。
仕事の手を休め、その甲高い声に耳を傾ける。
コンピューター画面で予約状況を見ては、後方の棚から予約者に各当する患者のカルテを準備する。この繰り返しで一日の業務が終わる。
主に日本に住む外国人対象の自由診療クリニックで働き数年が経つ。
最近、仕事をしていても意欲がわいてこない。

このままでいいのだろうか、と疑問に思い始めている。私以外のスタッフは帰国子女や留学経験者で、語学堪能。海外生活を経験した人の多くは自己主張が強く、働くにあたり自身に有利な交渉事ができると感じる。そんな中に臆病者で消極的な私がいる。
患者やドクターと話すことのない立場で、ただ黙々とデスクと棚との間を動くだけだ。
日本語以外での会話が出来ない私は、周囲の人たちより給料が低い。
何の資格も能力もなく事務的雑務しかできないのだから、当たり前だ。
年齢的なことを考えれば、働かせてもらえるだけでありがたいことなのだ。

けれど、家賃を支払い、その他ライフラインを確保すれば、自由に使える金額はスズメの涙となる。働いても働いても、切りつめても切りつめても貧乏神が追いかけてくる。

毎日職場と自宅の往復。ネットの無料動画を見るのが唯一の楽しみになっている独り身の私。
はまってしまった韓流ドラマは必ず主人公の女性一人を二人の男性が慕い愛し奪い合うという恋愛もの。そんなことあるの? と思うほどの偶然性や歯の浮くようなセリフのオンパレード。私の人生には絶対に起こり得ないであろう場面の数々なのだが、つい見いってしまう。
そして主役の女性にため息をつく。あなたはスタイルもよく綺麗だからいいわよね、って。

虚しい日々が長くなりすぎて、外から聞こえる声に郷愁を覚えた。
毎年、大晦日の晩、紅白歌合戦の放映中にやってきたナマハゲ。ちょうど夕飯時。
ご馳走を前に戸外の様子を覗い、そわそわと落ち着かない食事をしていた。
「ウオーッ。ウオー」と奇声を張り上げながら雪道を歩くナマハゲの声が聞こえると、食事途中でもあらかじめ決めていた場所に急いで隠れる。隠れ場所は主に浴室だった。
扮装の中は近隣の人とわかっていても怖かった。
怖いのだけれどドアの隙間から様子を覗っていた。ナマハゲは隠れている場所を知っても、探すふりをしてあちこち歩き回る。高校生になっても逃げ隠れしていた。
このころは怖いというより、中身が知人という照れもあったのかも知れない。

昭和53年に「男鹿のナマハゲ」の名称で国重要無形民俗文化財に指定されたナマハゲ行事。
他都道府県の方々の大半は秋田県内どこでも行われていると思っているようだが、この行事は男鹿半島のほぼ全域のみで行われているものだ。
赤鬼と青鬼に扮した若者の二匹で一組。そして「先立(さきだち)」という役目をする人達が一グループとなり各家庭を練り歩く。「先立」が先頭になり、玄関で入っていいかどうかの確認をし、了解を得たらナマハゲがウオー!と吠えながら乱入する。

むやみやたらに入るのではない。
その年に不幸や出産があった家には入れない仕来たりがあるからだ。
あらかた家の中を動き回った一行はご祝儀を受け取り、再び奇声を上げながら隣の家に向か
う。隣家から逃げ惑う子どもたちの叫び声や鳴き声が聞こえた。
言うことを聞かない子や我儘な子、勉強しないで遊んでいる子はナマハゲに連れて行かれ、懲らしめられるという迷信がある。

小学生以下の子を持つ親は、怖がる我が子を、わざとナマハゲに近づける。
これはのちに、言うことを聞かず悪さをした時「ナマハゲを呼ぶ」と言うと、いい子になるからだそうだ。
ナマハゲの衣装ケデから落ちた藁は、頭が良くなるとか風邪をひかないなどの御利益があるというので枕の下に入れて寝たものだ。
ナマハゲは地元で「お山」と呼ばれている本山・真山に鎮座する神々の使者と信じられていて、年に一度各家庭を巡り、悪事に訓戒を与え、厄災を祓い、豊作・豊漁・吉事をもたらす来訪神だという。

そのナマハゲの問いかける決まり文句を思い出した。
「怠け者はいねが」
います、います。私です。楽な方楽な方へと流されてばかりいる。
「泣く子はいねが」
ああ、私だ。いい恋をしていないと嘆いている。
「親のいうこと良く聞いてるが」
聞いてこなかった。何か資格を取りなさい、と口をすっぱくして助言していた母の言葉を聞く耳がなかった。

いくら精を出して一生懸命に働いても、貧乏から抜け出すことができず、稼ぐ速さより追いつき追い抜く貧乏神の方が速いなんて意味がない。
第二の人生を考えるいい時期かもしれない。
両親も老いてきた。何十年も二人だけの生活をさせてしまった。
そろそろ共に暮らすことも選択肢としてある。

ランチタイムにビルの外に出た。道を挟んだ東京タワー正門前の広場で、猿回しの芸が催されていた。さっきから聞こえていた声は、猿が芸をするたびにはしゃぐ見物の子供や大人たちのものだった。
貧乏神より、厄を祓い吉事をもたらしてくれる来訪神の方がいいに決まっている。
生まれ育った土地の風に身を委ねてみるのもいいかもしれないな、と猿を操る手もとの紐を見ながらそう思い始めていた。

3 件のコメント:

  1. 御美子7/10/2012

    ナマハゲの風習は、その地方の人達共通の美徳を植えつけるのに
    役立っているような気がしました。
    今まで、考えたことの無かった効用で興味深かったです。
    東京での一人暮らしは大変ですよね。私には自信がありません。

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    1. イソジーン真澄7/11/2012

      御美子さま。
      コメントありがとうございます。
      秋田県は、訪れたことのない都道府県の第2位と
      先日テレビで知りました。
      悲しいかな、認知度・興味度が低い県です。

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    2. 御美子7/12/2012

      そんなことありません。
      韓国では、ドラマ「アイリス」効果で秋田の知名度は高いですよ。
      私の故郷宮崎も、かつては忘れられた県の代表でした。
      一昔前、宮崎の場所を問われ「あっ、東北の」と言われたとか。^^;
      東国原知事効果で、今では場所を知らない人はいないと信じたいです。

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