2012年3月3日土曜日

時は流れて…by Any Key(あにき)


<一枚の写真が紡いだ物語>

 『現像』という言葉が日常的に使われていた30年以上前。父親から借りた“一家に一台のカメラ”で、彼女とのデートを撮影したフィルムは、近所の写真屋さんへ。2~3日後に写真屋さんへ取りに行く。大急ぎで家に戻り、写真の出来栄えを確認する。
「よーし、上手く撮れてる。カ・ン・ペ・キー!」
手を繋いだ彼女との2ショット写真。彼女の笑顔が眩しい。うーん、最高!独りはしゃぎながら、同封のネガを蛍光灯に透かし、どのネガかを確認。サインペンを口に咥えキャップを外し、②と書く。すでに1枚あるのに?手元にある1枚はフォトフレームに入れて机の上に。1枚は定期入れに(当然!)。1枚を彼女にという手筈だ。こうした作業の後、再び写真屋さんへ追加のプリントをお願いに行く。

 昔は、現像された写真を実際に見るまで“映り加減”がわからなかった。目をつぶってしまったとか、露出不足などで出来が悪かったりとか。写真屋さんに取りに行くまでにドキドキ感があった。「写真できたよ!」と彼女に手渡す瞬間の、彼女の期待に満ちた表情にもドキドキしたものだ。撮影した日から手元に写真が届くまで、間(ま)というものが確実に存在し、“待ち焦がれる”想いに満ちていた。一方で、撮り損ないを真に恐れた。

 デジカメはもちろん、携帯でも高画質の写真を撮れる現代。写したその場で出来栄えが確認でき、携帯なら添付でその場で彼女に送れ“即時共有”できる。パソコンに取り込んで修正まで加えることができ、自宅のプリンターで処理できる。街の写真屋さんがどんどん消えていく…。

 即時性がもたらす便利さ。その便利さに慣れ切った今、「待つ」ことがしんどくなったような気もする。「待つ」ことで得られたもの。特に、相手を想う時間は、嬉しいことや期待することも多いが、苦しいこともある。すぐにわかった方が実際に良いものもあるが、そうでないものもある。

 利便性・即時性の対極にある間(ま)というものを、もう一度見直してみたい。

8 件のコメント:

  1. アニキさん、はじめまして。おとなのコラムにもいらっしゃったとのこと、今後ともよろしくおねがいいたします。
    さて。一見無駄にも見える間といぅの。実は、日本文化の侘び寂びに通じるものではないかと思います。落語における間、歌舞伎における間、相撲における間。
    間とは、相手との呼吸があってこそ、その存在価値があると言えましょう。その呼吸がわからない人のことを間抜けとも言います。今でいうKYとは、そのような人たちのことでしょう。
    芸能においてもスポーツにおいても、間の大切さは明らかです。
    アニキさんの言うように、日常生活においても間の重要性を考えていく必要があるのでしょうね。
    コラム簿初参加ということで、楽しませていただきさました。
    これからも、よろしくお願いいたします。

    返信削除
    返信
    1. Any Key3/04/2012

      raitoさん

      ありがとうございます。
      この「おとなのコラム簿」は
      存じあげている方が多いので、
      拝読していました。
      ご縁があって参加させて頂くことになりました。
      宜しくお願いします。

      Any Key

      削除
  2. 御美子3/05/2012

    Any Keyさん「大人のコラム簿」へ
    ようこそいらしてくださいました。
    「おとなのコラム」が終わり
    ここを作っていただいて1年以上経ったので
    減ることはあっても
    増えることはないと思っていた元メンバーの方が
    加わって下さって本当に嬉しいです。
    少し前までの写真の楽しみ方や
    価値を改めて思い出させていただきました。
    もっとも、我が家は未だにアナログで
    夫は現在も頑なに写真保存を主張するのですが。^^

    返信削除
    返信
    1. Any Key3/05/2012

      御美子さん

      大変ご無沙汰しております。
      『日本人が知らない韓国の常識シリーズ』 、
      興味深く拝読しております。

      その後も自分のペースで書き続けております。
      またご縁があり参加させて頂きます。
      宜しくお願いします。
      もちろん、私もばりばりのアナログ派です。^^

      削除
  3. やぐちけいこ3/12/2012

    そういえば一番上の娘が小さかった頃は写真屋さんで現像して貰ってました。
    現像された写真を実際見てワクワク感とか手ぶれで悔しい思いをしたとかありました。

    今はいらないと思えばそのデータを消してしまえるしプリントもすぐにできてしまう。

    現代の子達がすぐ結果を欲しがる背景を少しだけ垣間見たような気がします。
    連絡は携帯、今やスマホ?
    写真はデジカメ。
    手紙はメールに変わりスピードアップ。

    ゆったりと待つ楽しさや辛さを知ることが少ないんですね、今は。

    これからよろしくお願いします♪
    次の投稿も楽しみにしてます。(^O^)/

    返信削除
    返信
    1. Any Key3/12/2012

      やぐちさん

      ご無沙汰しております。
      アナログ人間の私には、利便性が増せば増すほど、逆に味気無さが増幅する気がしてなりません。

      私なりの視点でこれからも書いて参ります。
      よろしくお願いします。

      Any Key

      削除
  4. miruba3/19/2012

    「待つ」ことがしんどくなった。

    まさにその通りだともいます。

    現像が上がるまでのドキドキワクワク感を楽しむ余裕があったのですよね。
    いまは、老い先短いこともあり^^待つのがえらい、しんどいんですよ^^

    なんか、わかるな~シミジミ・・・と思って楽しく拝見しました^^

    返信削除
    返信
    1. Any Key3/20/2012

      mirubaさん

      ありがとうございます。

      進化や利便性と引き換えに何か大切なものを失ったような気がします。「間」とか「余韻」が必要な気がするのですが。

      削除