編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、k.m.Joeさんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
押し入れに居るのは、最初のうちは暗くて怖かったけど、アイツに殴られたり蹴られたりする事を考えたら、だんだん平気になってきた。
押し入れでは、昔のママの事とか、おいしいお菓子の事とか、いろいろ考えてたけど、この頃は何も考えなくなった。
特にその日はボーッとしていた。部屋から聞こえるママとアイツの話し声や笑い声も気にならなかった。
ジゾーは、突然、話し掛けてきた。「ケンタロウくん、ケンタロウくん」
周りをキョロキョロすると、真っ暗なのに、足元に虫が一匹見えた。小さな虫だけど、ネズミ色で、お腹が赤いのがハッキリわかった。
虫は、昔テレビで見た、蛇使いのオジサンが動かす蛇みたいに、首をユラユラさせていた。「ボクが見えてるね、ケンタロウくん。ボクの名前はジゾー。キミと友達になりに来たんだ。あっ、ボクと喋る時は頭の中で考えるだけでいいよ」
「どうして虫なのに喋れるの?」
「ボクは虫の形をしているだけで、本当は違うのさ。ところでケンタロウくん、キミを助けたいんだ。アイツを何とかしたいんだろ?」
「うん」
「ママも?」「うん」・・・アイツが来てから、ママは変わった。
ママが近所のマルカツで働いてた頃は楽しかった。お店のオバチャンたちも優しかった。ママもよく笑って、ボクの事を可愛いがってくれた。その頃のママはお化粧をほとんどしてなかった。
ある日ママは、別の人みたいに化粧して「今日から夜働くから大人しく寝ててね」と、変なニオイをさせながらボクに言った。
ママと晩ご飯を食べた後、ボクはひとりになった。とても淋しかった。ママが帰って来た時寝たふりをしていたけど、本当はママに甘えたかった。ママはいつもお酒のニオイをさせて、少しよろけながら帰って来た。家でもビールを飲みながら、よくケータイをしていた。メールが多かったけど、たまに電話をしていた。そんな時のママは変な声で喋っていて、ボクは嫌いだった。
ママが遠くに行ってしまったようで、とても悲しかった。声を出さないようにして泣いた事もある。
昔のママはボクと話をする時、ボクの両肩に手をやり顔を見ながら話してくれた。夜のお店に行くようになってからは、ボクの顔をまともに見てくれなかった。
ママは、アイツが来てから、もっと遠くにいる人のようになった。アイツは初めて来た時から、ボクの事を「クソガキ」としか呼ばず、すぐ叩いたり蹴ったりして、最後は押し入れに閉じ込めた。ボクはママを見るんだけど、ママはボクの方を向いてもくれなかった。ボクは泣きもせず、暴れもせず、アイツの好きなようにさせていた。
「全部知ってるよ、ケンタロウくん」ジゾーは言った。ジゾーの声は校長先生みたいに安心できた。彼がボクを助けてくれるとは思えなかったけど、仲良くはなれそうだと思った。
「ケンタロウくんは松茸って知ってるかい?」
「聞いた事はあるよ」
「もうすぐアイツの知り合いが松茸に似たキノコを持ってくる。でもそれは毒キノコだ。たくさん食べると死んでしまうんだよ」
「何で分かるの?」
「ボクが考えた事だからさ」
ボクはジゾーを見つめた。彼も頭の先をボクの方に向けてじっとしていた。
ジゾーの言う通り、誰かが松茸のニセモノを持って来て、暫くすると押し入れまで良いニオイがしてきた。
突然押し入れが開き、アイツがボクを引きずり出した。「おい!クソガキ!うまい物食わせてやる」
テーブルの向こうではママが缶ビール片手に、キノコを食べていた。ボクの前にもキノコの載った皿が置かれていた。引き裂かれて少し湯気が立っていた。ニオイを嗅いだらお腹が鳴った。
でも食べたら死ぬんだと思うと、ボクは動けなかった。
「大丈夫だよ。ボクが刺すと毒にはやられないんだ。ちょっと痛いけどガマンして」
首の後ろがチクッとした。でも、それが合図みたいになってボクは突然キノコを食べ始めた。とても美味しかった。半分ぐらい食べると少し落ち着いた。すると、これがママとの最後の食事かと思うと箸が止まった。
ママは楽しそうにビールを飲みキノコを食べていた。
「どうする、ケンタロウくん。今ならまだ間に合うよ。ママだけでも刺してあげようか?」ボクは首を横に振った。「刺さなくていいよ、もう」そう言うと、ボクはずっとママを見続けた。
次の日、ママは死んだ。
あけぼの園という所から、長谷川さんというオジサンが来て、ボクを連れて行った。優しいオジサンだった。ボクはそこから新しい学校へ通う事になった。
学校でも、あけぼの園でも、皆仲良くしてくれた。たぶん、ジゾーの力だろうと思う。ジゾーはずっとボクの肩についていた。
ある日、あけぼの園の前で長谷川さんが待っていた。いつもと同じようにニコニコしていた。
「ケンタロウくん、君に会いたがっている人がいるんだ」長谷川さんについて廊下を歩いていると、ジゾーが話しかけてきた。
「今から会う人が君の新しいママだよ。ケンタロウくん、ボクもここでお別れだ」
ジゾーがいなくなったのが判った。ボクはジゾーに「さようなら」と言った。でも「ありがとう」はなぜか言えなかった。
自分でもよく判らないんだ。なんでそう思うのか判らないんだけど、ボクはママが死んだ日から、あの暗い押し入れに戻ったような気がするんだ。
アイツも死んだはずなのに、何故そのことには触れられていないのだろう、とか、どうして新しいお母さんに引き取られなくてはならないのだろう、とか疑問は湧いたのですが、でも、それってこのお話の流れを止めるほどの疑問でもないので、解明しなくてもいいんじゃないだろうか、と思わされる不思議な余韻が残る作品でした。
返信削除元々「アイツ」はケンタロウくんにとって取るに足らない存在なので、あえて出していません。「ママの死」を協調したかった面もあります。新しいお母さんは最初もう少し絡めようと思ったんですが、事態が好転しているように見えて、あえて「もっと重要な問題があるよ」と言いたかったので、すべてを終わらせる一言を最後に持ってきたつもりです。
返信削除どうもコメントありがとうございました。