とある休日シリーズの第4作目です。前作はそれぞれ以下のところにあります。
<とある休日> <とある休日2> <とある休日3>(当ページ7月22日掲載/右下の「記事一覧」から探すか、本文最後にあるラベル:やぐちけいこをクリックしてください)
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「何か思い出したの?」
あれからその言葉が頭から離れない。
いつもなよなよと女言葉を話しているのに一瞬その時だけは表情が素になっていた。少しだけ思い出した事がある。
あいつはもともと女言葉など使ってはいなかった。ただ漠然とだが確信が持てる。だったらいつからだ?その事を考えると頭に靄がかかったようにはっきりしない。おまけに気分まで悪くなる。私には一部記憶があやふやな所がある。
以前医者に無理に思い出す必要は無いと言われたのを鵜呑みにして思い出す作業をしていない。ただあいつがその記憶のカギを握っているような気がする。
そんな事をもやもやとした気分の中考えていたからだろう。いつの間にかベッドで寝てしまったようだ。夢の中には子どもの頃の私が出てきた。
初めてあいつと会ったのは病院のベッドの上だった。
10歳くらいの私は病院のベッドに一人座っていた。きっと何らかの理由で入院していたのだろう。
突然あいつが部屋にやってきたのだ。
「だれ?」そう聞いた私に一瞬目を大きくし悲しそうな顔をした。
「初めましてかなあ。僕は牧田薫って言うんだ。よろしくね、かすみちゃん」そう言って手を出してきた。
出された手の意味が分からず戸惑っていると、ん、とまた手が伸びてきた。恐る恐る自分も手を出すと思いっきり上下に振り「これからも仲良くしてね」と言ってきたのだ。私にとってその時は突然現れた男の子の行動にどうしていいか付いていけずただただ手を振られているだけだった。
それから薫と名乗った少年は毎日のように学校が終わってから病室に現れた。
その日学校であった話を面白おかしく話しては帰って行った。
表情がころころと変わる薫に対して私は人形のようにただそこにいるだけだった。泣く事も笑う事も怒ることも一切出来なくなっていた。
その原因は両親を目の前で無くしたショックだ。幼い子どもの心には負担が大きすぎたのだろう。薫はそんな事情も知っていたに違いない。
場面がまた薫が面会に来ていた病室になる。
いつものように薫がその日あった友人との事を私に報告している。会話が急に鮮明になる。
「もうひどいと思わない?何で私ばっかりそんな目に会うのよ」とわざと女言葉を使って話している。夢は突然そこで終わった。
目が覚めて断片的に記憶に残っている夢をもう一度反芻する。入院していた私を毎日見舞ってくれていたのか。
あの頃のあいつはまだ12歳前後だったろう。入院していたのはおそらくあいつの父親の病院だ。パズルのピースを嵌めていくように記憶を繋ぎ合わせる。薫が女言葉を話し始めたのはきっとこの頃からだろう。それをいまだに続けている理由がまったく私には理解出来んが。今じゃ好きで使っているようにしか見えんな。
時間が気になり時計を見ると午前11時を指していた。いい加減ベッドから抜け出して休日を堪能しないと勿体ない。
そう思い顔を洗いに洗面所へ向かう。
さっぱりとしたところで軽く何か食べようと冷蔵庫を開けた途端、ピンポ~ンピンポ~ンピンポンピンポンピンポ~ン♪
あぁ、また今回も自分の時間を楽しむという究極の幸せを邪魔する悪魔の訪問だ。
仕方なく玄関を開ける。
「何の用だ。私はこれからすることがあるので帰ってくれ」となるべくそっけなく言う。
「そんな冷たい事言わないで入れてよ~。ねえ?お腹すかない?サンドイッチ一緒に食べましょうよ。ここのは美味しいのよ~」と魅惑的な言葉を聞いてすんなりと家に入れてしまう私はつくづく何なんだ?と自分を叱責するが、空腹には勝てないので考えるのは後回しにしよう。
さっき見た夢の話を聞いて貰おうと今日くらいは一緒に過ごしても良いかもしれないと少しだけ思った。