出来レース事件
(1)
大石巡査と多寡先警部補、多井刑事らの合同捜査班が、駐在所でひと息ついていた頃、同僚(以降、デジタルカメラで主に撮影していたのを画<かく>巡査、もう一人を帯巡査)二人の現場で、騒ぎが起きていた。
峰崎から続く大小含めた破片で怪我をしただの、夕雅浜で異臭がする等といった苦情である。
中には「おかしい!」と、あからさまな反応をする人も居て、両巡査に詳細な説明を求める者もいた。また、件の「危険」看板を乗り越えて、犬の散歩に見せかけ、窪みの中を覗き込もうとする者まで現れた。当然ながら、そうした事態を、本庁である警視庁も把握していた。トップに近い者らで黒会議を開いたように、警視庁全体が、その問題を(一応は)認識していたように思われる。
もう、死体が発見されるのも時間の問題だろうと思われた、七月九日午前十時十五分。新宿区で事件が起こった。
(2)
ZX組の事務所に、一発の銃弾が打ち込まれたという物だった。ここまでは、(黒会議の面々も想定した)シナリオ通りだったが、その威力が強すぎた。防弾ガラスに(銃弾が通った)丸い穴が空く代わりに、その窓一面が割れてしまったのだ。黒会議の連中も、それには慌てた。
もしかすると、負傷者一名では済まない。更には、会議中のチャット内容が漏れた、ハッキングの可能性すらある。
一見チャラそうなCに、Dがすぐに詳細を報告するよう指示し、全ての庁内コンピュータのバックログ(履歴)を参照する事にした。それには、木崎刑事が役に立った。さすがは、特殊情報課(特情)である。彼らの部署は、コンピュータやネットに詳しい。警視庁に勤めていなければ、情報処理技術者で通ってても、おかしくはない。
特情課十名の努力により、シナリオ通りに行かなかった「犯人」はすぐに突き止められた。重役警官Jの存在である。Jは、先の黒会議に参加させて貰えなかった為に、離反を起こし、部下に命じて、前もって用意した(威力の高い)武器と、シナリオ通りに使用すべき武器(丸い穴が空く程度)をすり替えた。結果、あのような予想し得ない状態になったという事だった。最初はZX組やYZ組のどちらも、その「犯人」を信じなかったが、Jを連絡役のXY組に引き渡す事で、何とか事件の最初の局面で解決した。局面の悪化という(最悪の)事態は避けられた。後は、黒メンバーの描いた通りに、事件は進むであろう。
Jとその末端までの部下は、命が無いか、もしくは身を縮める思いをすることだろう。重役警官という階級は、そういう階級なのである。動かす(動かせる)物が大きければ、リターンで戻ってくる甘い蜜も大きい。しかし、そのリスクも恐ろしいほど大きい。ゴルゴ13が、背後にピッタリくっついている、と例えれば、その人生は想像出来るのではないか。
(3)
新宿区には、昼にもかかわらずパトカーが十四台と、火事や防災訓練でも無いのに、消防車六台が用意された。それらは、例のZX組事務所の周辺に配備されている。妙な素早さで非常線が張られ、交通規制や検問が一帯に敷かれた。機動隊だけは七十五名が新宿区に入れたものの、残る二百名は豊島区やら渋谷区辺りで、上官の指示待ち待機という状態である。後は『負傷者一名』を用意するだけとなった。
負傷者を用意するという直前が、七月九日の午前十一時五十七分である。この事件は昼食の時間帯と重なったので、大変な騒ぎになった。マスコミ等のヘリも、誘蛾灯(別に夕雅浜とかけてる訳では無い)に吸い寄せられる虫のように、都内に集結して来た。黒メンバーが呼んでもいない救急車までが出動し、新聞の号外が東京駅など、繁華街で配られる規模になった。
当然ながら、このニュースは(新宿区事件の元凶である)原ヶ島にも、直ちに伝えられ広められた。
(4)
夕雅浜で、警官二名が「疑惑」と格闘しつつある時に、原ヶ島通信社の車が現場を通りかかって、彼らの前で停まった。手には、号外! とある。新宿区の上空から撮影したらしく、パトカーやら消防車が集まる、物々しい俯瞰(ふかん)写真やら、不安そうな顔で組事務所の付近に集まった人垣(半分近くは、黒メンバーが集めたエキストラだ)の模様などが掲載されている。
冷静に考えるなら、やけに用意がいい(爆)のだが、非常事態に正常な思考力が奪われるのが、人間という特徴である。
この号外作戦と、テレビが浜下地区と中通り地区にあるというので(街頭テレビかよっ!)、野次馬になりかけていた大衆は、あっという間に散り散りになってしまった。夕雅浜も落ち着いた午前十時二十二分、多寡先らが現場に合流した。。
「さっき、パトカーから外を眺めていた時に、浜下に向かって、民衆が押し寄せて来てましたが」
多井が画巡査の一眼レフを覗き込みながら言った。
「ええ。新宿区で事件が起こったようですよ」と、
巡査が、折り畳みの号外を多井に渡した。多寡先も、開かれたそれを覗き見た。
花咲署長の言う通り、何とかなった結果が「それ」であった。
(5)
新宿区事件の発端となった現場を振り返る。なにせ、駐在所の係員(階級で巡査の事をこう呼ぶ)が数人で現場に到着し、物体と化した遺体を発見しただけである(苦笑)。島での本格捜査はこれからなのだった。
『それじゃ、これをはめてくれ』
多寡先が合同捜査班に配ったのは、病院の手術用手袋だった。多寡先と多井が窪みを覗くと、赤黒い物体が横たわっているようだ。帯巡査に伸縮性はしごを、車から持ってこさせ、傾斜した崖に沿って下ろす。上部の距離が足りないが、茂みに手を伸ばせば、何とか底まで降りれるようだった。
先に多寡先が降りて、物体を見て『まるでゾンビのようだ』と言った。バカッター(職場などで異常に撮った写真をSNSなどに投稿する人)が現場に居たら、その発言だけで問題になっていただろう。多井も顔をしかめた。
多寡先が気を取り直して、脈を採った。死亡している。大石巡査も降りて来たが、思わず顔を背けたので『目を背けるな。ちゃんと見ろ!』と言った。鉄道員も、踏切などでの飛び込み死体を黒いビニール袋に入れる事があるという。暫く、マグロや白子などを口に入れられないそうだ。
詳細を観察すると、様々な角度から凶器(斜面の箱だ)を打ちつけたのでは無く、身体に対して垂直で打ち続け、犯行の初期に意識があったか、筋肉などの反射により、このように「身体が曲がった」という事が分かった。
大石巡査に斜面の箱を丁寧に持ってこさせ、中を調べると「破断しているのは、一点を中心とした場所だけで、周辺部は多少の変形が見られた」程度であった。
多寡先が、『やはり、多少のずれは有ったものの、一定の角度で犯人は被害者を殴打し続けた……』と言うと、多井も、「その推理で間違いないと思います」と同意した。
『血液が染み出ているが、これは動脈か、それとも静脈かな?』と、質問を投げかけると、「よく動脈を切ると、飛沫(ひまつ)状に飛散しますので、アニメなどで見る凄惨なケースでは無く、」と、一度切り、
「表皮に近い静脈あるいは毛細血管みたいな場所から染み出たと考えて、良いのではないでしょうか」と、多井が自説を披露した。
『そうなると、死因は何になるだろうか……?』と、多寡先が腕組みすると、
「出血多量死は考えにくいですね。殴打により、内臓にダメージが蓄積されて、同時に意識を失うショック状態に陥り、その結果、死亡に至ったのではないか……と」
多井の考えに、多寡先も『そうだな』と賛同した。
口からの汚物の解釈は、胃の残存物と関係があるかもしれず、捜査員の判断を超えるため、病院に電話をかけて、詳しく解剖して貰うことになった。その際、最初にパトカーで到着した時刻と、合同捜査を開始した時刻をメモして、来た救急隊に手渡して貰うことにした。
はしごを多寡先が先導して登っている。
『そうしたら、我々は、この死体がどこから来たのかを追う!』
大石巡査が青い顔をしつつ、
「それについては大丈夫です。『そよ風荘』から友人二人の行方が判らなくなったと、電話がありました」
じゃあ、ソコに行ってみますか。そう提案したのは多井だった。
多寡先が『大石巡査。あなたは、あの斜面(指差して)の箱と、峰崎でしたっけ。そこまで続いてた部品が、同一の物かどうかを調べて下さい』と指示すると、彼は丸めたハンカチを広げて額を拭い「お任せ下さい!」と何とか言った。
かなり粉々になってしまった部品もあり、完璧な回収は難しそうだが。
画巡査がポータブルプリンタで印刷してくれたので、遺体とタイヤ痕の写真を借りて、大石巡査が手配してくれた「原2」パトカーに、多寡先と多井が乗り、赤色灯を瞬(またた)かせながら、元見晴に走っていった。
時刻は、七月九日午前十一時十四分と、遺体になって半日が経過していた。
(6)
山田は、逃亡を続けていた。殺人を犯してしまった以上、堂々としている訳には行かず、交通系ICカードも万一を考えて、使うわけにも行かなかった。顔を誰かに見られる恐れがあった。結局、自販機で(たまたま)売ってたカップ麺を海水に浸して食べたり、無人畑に忍び込んで、大根などを半分食べたり、腐りかけたハイビスカスの汁を吸う(死にはしないが、腹は壊すだろう)などして、何とか空腹を紛らわした。時々、雨に見舞われ、悲惨な逃亡生活であった。
不眠不休での移動で、山田の疲労も限界に達していた。
(7)
某黒会議室にて。「それじゃあ、額に銃弾がかするという設定でお願いするかな」
言葉に音符が付きそうな明るさで、Dが言った。
「本当に、やるんじゃな?」と、ヨロヨロしながらE。
「もちろんです。警視正か警視でしか、署長になれない所を『警部』で特別に就任を計らってあげたのですから、その便宜を返すのは、義務ってものではないでしょうかね。要するに、今でしょ! と言うわけですが」
別に今じゃない方が助かるのだが、Dに睨まれたら、命を落とすとまで言われている。闇の一声。棺桶クリエーション。様々な噂や異名ばかりを聴かされて来た。
Dの携帯が鳴る。
「えっ? 狙撃手が風邪を引いて、三十八度の熱が在るって!?」
ちっ、と舌打ちしたのは気のせいだろうか。
「……で。チョッキ着用で撃たれて倒れるだけで良いって。命拾いしたな。エレファント」
「でも、どこかに確実に命中するわけじゃろ?」
「国際機関TTBUTKが認定した防弾チョッキだから、大丈夫だ」
Dの言うTTBUTKとは『トッテモ ツヨイ ボウダン チョッキ』の略らしい。却って性能面で不安になってくる。エレファントがググらなくて正解だと思う。
そのまま待っていると、先ほどコーヒーを運んできたメイドさんが、スナイパーになって現れたではないか!
エレファントこと花咲署長は目を剥(む)いた。
「狙撃をさせたら世界レベルのルイちゃんだ。風邪を引いた狙撃手の代理を務める。夜の狙撃も優秀だg……げほっごほ。あー、その格好は『現場』では目立ち過ぎるな。マスコミ風の格好をして来てくれ!」
ルイちゃんはブーブー言いながら、別の部屋に(足音すら立てず)走ってゆく。このフロアには、何着何種類の服装があるのだろう?
「驚いただろう? 君の命は保証する。ただし……!」
「ただし、なんじゃ?」
「絶対に、動かなければ……な!」
「………………」
狼狽(ろうばい)しつつ、何とか呼吸を整えて、疑問を口にする。
「……一つ、聞いてもよいかの?」
「なんだね」
「なぜ、こんな事をするんじゃ。中止とか考えた事は無いのかの?」
至極(しごく)最もな質問だが、答えは非情だった。
「無い。なぜなら、我々『黒会議、重役警官の面子(めんつ)』のためだからな。役人の面子は重要だ。よって中止はあり得ない!」
はーーはっはっは。と高笑いが続きそうなセリフだった。
(つづく)
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