2013年11月9日土曜日

多寡先警部補の事件簿 ~原ヶ島殺人事件~1 by 響 次郎

<物語に登場する地名、人名、団体名等はフィクションです>
プロローグ

 伊豆の初島から、専用船で南東に十二キロメートル行った場所に、東京都初島郡原島村に属する「原ヶ島」が在った。人口は二千八百十三人、面積は三十五.四平方キロメートル、標高が百七十六メートルある。一番高い場所に神植岳(かみうえだけ)が在った。
 リゾート色の強い島であり、全体的にハワイ島を小さくした様なイメージに近い。

 島の不動産は、多寡崎土地建物(株)が、開発は、その関連会社である(株)多寡崎リゾートが行っている。北西部から東部にかけては熔岩や切り立った崖が多く、南部は砂浜とか岩場、プライベート・ビーチが多い。リゾート地は海沿いか、眺望の良い場所に点在している。

 その海岸の一つである「夕雅浜(ゆうがはま)」で、男性とみられる転落死体が見つかった。



口論

(1)
 『そよ風荘』という名が異様に感じる、建物一面が苔むした合宿所二階で、事件の発端は起こった。合宿所の在る所は、原ヶ島の中でも「元見晴(もとみはる)」という地区に位置する。周囲は別荘が大半であった。騒ぎは、日も暮れて、初島の灯(ともしび)がハッキリしてきた頃である。パタパタと中心軸を起点に時間や日付が変わる時計は、七月八日午後七時五十三分を示していた。

(2)
「だからよっ、カネ返せっつってんだろ!」
 胸ぐらを掴みかかりそうな勢いで、山田 侃(つよし)は、浜口 繁基(しげき)に食ってかかった。山田の周辺には、空のビール瓶が散乱している。かなり、酔っている状態のようだ。山田は、頭のハチマキをかたく結び直して、浜口を睨んで言った。
「おう! 表に出てみるか?」
 外野が面白がって騒ぐ。
「いいぞ。やれやれぃ!」
  この騒ぎも、何回目になるだろう。二桁を数えるくらいにはなっていた。無言で迎える浜口をよそに、二人を除いた三人の男が、事態を面白がっている。カーペットには、ビールの染みだとか、何の燻製だかわからない物体等が、散らかっている。
 いつものように、どうせ、表へ出かけて話し合いだかに行った後、明け方にでも帰ってくるんだろう。そんな光景を、山田を除いた四人は想像していた。
 それが、いつものパターンだったのだから。
「ま、元気で行ってこいや。お土産は、秋風ドライの中でいいぞ」
 外野陣は山田の気持ちを知らない。浜口とは、借金を返せない時は浜口の妻を(借金の)カタにすると合意に至っている。別に外国に売る訳ではないが、奥さんと(一度)寝てみた。何でヤツに、こんな美人な奥さんが居るんだ。浜口のヤロウは、今夜に至っても(まだ)のうのうとしてやがる。
 次第に、山田は腹がたって来ていた。今日こそは、キチンとした返事を貰わなければいけない。こっちも、網の修理や燃料費で(家計は)苦しいのに。
 山田と浜口は、共に漁師仲間である。部屋に残る三人のうち、一人は既婚だが、山田を含めた残りは独身だった。
 ヤケに今夜に限りイライラする理由も、そういった所にあった。
「まぁそう、キリキリするなって。今夜は俺が運転してくからさ」
 浜口は、車のキーをくるくる廻しながら、愛車のオープンカーに近づいた。六百六十シーシー、K自動車工業(株)の『かふぇらて』で、車体は特別塗装色のシャインパールホワイトである。グレードは真ん中で、サイドミラーと車体が同色になっている。
 普段のイベント(苦笑)には、山田の車で運転して行くのが通例となっていた。
 浜口が軽い足取りで乗り込んだのに対し、山田は後から、無言でゆらりと近づいて行った。それはまもなくの惨劇を予告しているかのようであった。
 腕時計は、七月八日午後七時五十九分を示していた。


(3)
 白い車は、元見晴から海岸沿いに南下して、夕雅浜へと向かった。元見晴から「峰崎(みねざき)」を経て、原生林が覆い茂る「下原島(しもはらしま)」を経由して、夕雅浜に着く。浜と言っても、ゴツゴツした岩場が多い。
「また、夜が明けたら、夕雅浜の朝日でも撮って、戻りましょうよ。朝日を眺めながらのビール、旨いっすよ」
 浜口はいつもと変わらない調子だった。
 何もかも判ってて、この態度なのか。それとも、脳天気で生きてるのか。車中では、逆に山田が無言に近い態度を通し続けた。車は、ダイビング・スポットである峰崎を通過した。切り立った崖が多い。ウニや鮑みたいな物も採れそうな場所だ。
 途中、周囲が寂しく鬱蒼(うっそう)とした、羽虫が街路灯で浮かび上がるような場所の自販機で、浜口は普通のビールの秋風ドライと、秋風アルコールゼロを数本買い求めた。ノンアルコールの方は、プリン体がゼロらしい。
 二人は気がつかなかったが、ウェブカメラが静止画を記録していた。自動で定点撮影などが出来るタイプである。車を自販機に寄せた時のデータが残されていた。後に解析した時に白い車という事と、ややぶれてはいるものの、ナンバーが判明するだろう。撮影データは、自販機に内蔵されているWi-Fi(公衆無線LAN)でサーバなどに蓄積できる。

 浜口が腕時計を見ると、七月八日午後八時十五分だった。山田の方は、やはり無言で、闇色を受ける静かな波と、穏やかな月を見つめていた。

(4)
「今回は、朝日を撮るなんて気分じゃねぇや。悪いが、引き返そうぜ」
 山田が、部屋に居た時よりも、落ち着いた声で言った。
 会社の損益分岐点では無いが、彼らの人生で、まさに、殺人者と被害者になるという「分岐点」である事だけは、間違いない事実だった。浜口は、変わった事を言うなと思ったが、さして、深刻なモノに受け止めず、いつもの通りに受け流した。結果、取り返しのつかない道に向かって、二人は走りはじめた。
 それは、危険な坂を転がり落ちるように……。
「まぁまぁ」という返事を、山田は聞いていなかった。彼の頭の中は、衝動的な考えに(みるみる)埋め尽くされていった。やがて、それ以外の事は考えられない状態になっていた。

 闇の世界へとつき進む二人と対照的に、車は月の光を受けて、シャインパールホワイトの車体を輝かしながら、下原島を抜け、いよいよ夕雅浜地区に入っていった。
<つづく>

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