2012年6月9日土曜日

新作噺「キツネのムコ入り」 by k.m.Joe


コンコンコココン、コンコココン、コココンコココン、コココンコン・・・


えー、毎度バカバカしいお噺を一席。


昔から、キツネやタヌキは化けて人をダマすてな事を言います。


それでも、タヌキは体も丸っこく、顔も愛嬌がありますから、ダマされてもイタズラされたみたいな感じですかな。一方キツネの方はツンとしたすまし顔ですから、ダマされた後味が良くない感じも致しますな。まぁ、実際はどうなんでしょうか。


もっとも、キツネだろうが、タヌキだろうが、人間の化けっぷりやダマし合いに比べたら可愛いらしいもんですがね。


ある街に、里山と呼ばれる小さな山がありまして。人間たちは知りませんでしたが、ここにキツネの一族が住んでおりました。


キツネの世界では、人間に化ける事が出来て初めて「一人前」だそうです。正確にはキツネだから「一匹前」かも知れませんが。


化け方を教える学校まであるそうですな。そこを無事に卒業すると、麓の街や少し離れた街に「留学」する事も出来るそうで、実はそのまま戻って来ないで人間として一生を終えるものもおるそうです。麓の街での油揚げの消費量が全国的に見て高い理由を、分かってないのは人間たちばかりなんですな。


キツネが人間界に混じっても、決してトラブルを起こしません。人間相手に感情を高ぶらせると、元のキツネに戻ってしまうからなんです。しかも、一度戻ると二度と化けられなくなる。


「化けないキツネはただのキツネだ!」と罵られ、群れから追いやられてしまうんですな。ですから、誰も留学中には無茶な事をせず、仕事や勉強を熱心に務め上げるってえ寸法です。


さて、忠八(ちゅうはち)という名前の若いキツネが居りまして、今度初めて留学する事になりました。実は忠八には秘かに想いを寄せる女狐が居りました。紅子(べにこ)という歳上の女ですが、紅子は忠八の気持ちなど知らず、一年前から麓の街で働いて居ります。


働いていると言えば、人間に化けたキツネ族には共通点があります。「コン」という言葉に敏感なんですな。自分たちの鳴き声を連想して落ち着くんでしょうかな。働き場所も「コン」の付く所を好みます。


紅子は結コン式場に勤めております。他の仲間たちはと言いますと、コンパニオンにコンサルタント、コンダクターやコントラバス奏者、ゼネコン関係・生コン関係、コンニャク農家に大コン農家、ボディコン・ミスコン、うっはうは(笑)・・・あ、こいつぁ失礼しました(汗)。


ま、とにかく山を降りた忠八は、紅子がいます結婚式場へ向かいました。街の様子は話には聞いていたものの、驚きの連続です。あちらこちらとヨソ見して歩くもんですから、とうとう女性にぶつかってしまいました。


「あ、どうもすいません」ペコペコ謝る忠八を、女性はニコニコしながら見続けております。まぁ、愛しの女性に気が付かないのも情けない話ですが・・・。


「何だい、忠八。アタシがわかんないのかい?」「あッ、紅子姐さん!」人間に姿を変えているとはいえ、キツネ一族同士は直ぐに分かるもんです。忠八、よほど舞い上がっておったんでしょうな。


キツネの中でも美キツネで通っておりました紅子、人間に化けてもなかなかのものです。切れ長の一重まぶた、キレイに通った鼻筋、尖ったようにスラリとしたアゴ、小麦色の肌、正に理想的なキツネ美人であります。


忠八は取り敢えず、紅子と同じ結婚式場に勤める事になりました。甥という名目です。根はマジメなもんですから、よく働き、職場の信頼も得ていきました。


それでも、忠八の内心は毎日ドキドキしております。原因は紅子ですな。一緒のマンションに住み、あれこれ世話を焼いてくれる姿や、無防備にリラックスした様子からスヤスヤ寝顔まで見るにつけ、恋心は燃えるばかりでございます。今日こそは気持ちを伝えよう伝えようと思う内、日にちは過ぎるばかりです。


そんなある日、仕事が終わって、紅子が運転する車で家路を辿っている時の事でございます。カーラジオから「コンドミニアム」という言葉が聞こえてきました。その他の部分は聞こえなかったのですが「コン」が付く言葉は記憶に残ります。


「紅子姐さん、コンドミニアムって何です?」
「エッ?コンドミニアム?そりゃあ、お前あれだよ。どう説明したらいいかねぇ。あのー、そのー」


結局、紅子も知らないんですがね(笑)


「まだ若い内からそんな事は知らなくていいよ!」


と、妙な言い訳をしたちょうどその時、左の歩道からスケートボードを履いた若者が飛び出して来ました。ぶつかりはしませんでしたが、若者はバランスを崩し膝を着いてしまいました。しかし、どうもわざとらしい。連れらしい男たちが3人ほど、ニタニタしながら近づいてきます。どうも、あまり素行の良さそうな連中ではございません。


紅子も察したものの、人間界でのトラブルは御法度です。何とか収めようと、大丈夫ですか?と低姿勢で話しかけていきました。


「ちょっと、オバチャン。ヒロシが痛がってるよ。どうしてくれるの?」
そう言った男は紅子の手を思いっきり引っ張ったもんですから、紅子はバランスを崩し、歩道に転がってしまいます。からかうように男達は倒れた紅子を足で小突いたりし始めました。


さあ、忠八は堪りません。最初に手を引っ張った男に飛び掛り、首を絞め始めました。不良どもは突然のことで動きが止まったのですが、さらに忠八の形相を見て固まりました。狐に戻りかけているようで、顔は徐々に尖り、唸り声を発し始めています。おまけに目は白眼を剥き始めています。


紅子は驚き、「あんた達、逃げなさい!」と若者達に言うやいなや忠八を男から引き離し、車へ急いで連れ戻り、猛然と走らせました。部屋に着くと、まだ唸り声を上げる忠八を抱え上げベッドに寝かせます。ズボンのお尻の部分も膨らみ始めました。尻尾が生え始めているようです。紅子はこういう場合の処置も習ってはいるのですが、慌てて何も思い出せません。ここで忠八が狐に戻る事は死に等しいのです。


紅子はひたすら、忠八の口先とお尻を両手で押さえ込み、「忠八、忠八・・・戻るな、戻っちゃダメ!」と耳元で怒鳴るばかりです。涙をボロボロ流しながら声が枯れるまで忠八の名を呼び続けました。


電気も点け忘れた室内がすっかり暗くなった頃、忠八は身体に重みを感じ、目が覚めました。紅子が自分の顔に顔を重ねているのに気がつくとビックリし、起き上がると同時に紅子の両肩を揺さぶりました。「紅子姐さん、紅子姐さん」。すっかりくたびれ果てた紅子でしたが、人間の姿になっている忠八を見ると、「ちゅうはちー」と喜びの余り抱きしめました。


忠八の記憶も徐々に戻りました。自分が狐に戻ろうとするのを紅子が必死に引き戻してくれた事も状況から察しました。「紅子姐さん。すみませんでした」抱きついたままの紅子の耳元に、彼は遂に思いのたけを告げました。「紅子姐さん、俺と結婚してくれませんか?」。


叱られるか笑われるかと思いきや、「いいよ」と素直に返す紅子でした。紅子には忠八の気持ちが十分判ったし、自分が忠八を思う気持ちにも気づかされたんですな。


さてさて、愛のムードが高まってきた二人ですから、当然そういう事になっても良いわけですからそういう事になりました。


「ところで、忠八、お前、アレは持ってるんだろうね。私はできちゃったコンなんて嫌だよ」
純朴な忠八、ピンときません。「アレ、ですか?」
「コンで始まるヤツだよ」「コン・・・」「ああ、じれったいね。女のアタシに言わせるのかい。コ・ン・ド」「コンド」忠八、やっと解りました。「アッ、コンドミニアム!」


「バカーー!」


いやいや、夫婦になっても力関係は恐らく変わりませんな、この二人。それでも、その夜の内にムコ入りは無事済ませたようでございます。


まあ、とりあえず、コン!グラッチュレイション!ってとこですかな・・・お後が宜しいようで。


コンコンコココン、コンコココン、コココンコココン、コココンコン・・・

1 件のコメント:

  1. 御美子6/11/2012

    創作話だとは分かっていながら、何となく本当のように思えてくるから不思議です。
    狐が「コン」という言葉に敏感だからと「コン」の付く言葉がこれでもかと出てきますが
    そのカテゴリーもバラバラで、その意外性に何度もクスリと笑わせていただきました。

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