2012年2月4日土曜日

東京NAMAHAGE物語•4 by勇智イソジーン真澄

<へんな坊主>
ああ、助かった。
これでヒモジイおもいから解放されるかもしれない。

とある友人から仕事の話が持ち込まれた。
これまで何十社にも履歴書を郵送し、知人にも就職先を依頼していたが断られてばかりだった。
年齢も50を過ぎ年金支給対象者に近づき、そして何の取り得もない私にお鉢がまわってくることはなかった。

無収入の生活も、そろそろ1年がたとうとしている。
そんなときにこの話がきた。
就職難民の私は渡りに船とばかり、悶々とした桟橋から安全な航海かも確かめずにこの船に飛び乗った。

銀座に事務所を構えている会社が、現業務とは別に芸能プロダクションを作るので社員を探しているとのことだった。私が長年芸能界にいたので白刃の矢がたったようだ。

社長及び社員は芸能界とは縁がなく、芸能界の流れや仕組みを教えてくれる人材を探していた。私はいわゆる業界にいたことは長いのだが、タレントのマネージャーをしたことはない。よって現場マネージャーはできない、事務職でいいならとこの話を受けることにし面接にいった。

銀座の並木通り、と地の利のいい場所に建つ細長いビルに事務所はあった。エレベーターを降りると、もうそこは事務所の一角。靴を脱ぎスリッパに履き替える玄関スペースだった。

この会社は他に何社も多角経営しており、金銭的には心配ないと聞いていた。だから私は広いスペースで社員が数名いるものとばかり思っていた。

ところが社員と思われる人は2名、事務所部分は1LDKと想像よりかなり狭い。入ってすぐ3台の事務机、本棚やコピー機のある部屋。そこを突っ切り、10畳の和室へと通された。

そこで最初に目に入ったものは壁一面の仕込仏壇だった。宗派はわからないが、なんでこんな大きなものがあるのか不思議に思った。その次にラクダシャツが丸見えで、胸をはだけて作務衣をだらしなく着た小太りの男。この五分刈り頭のちんちくりん男が社長のようだ。

私とは初対面なのに、応接セットのガラステーブルに短い両足を投げ出したままだ。首には携帯電話を2個もぶら下げ、横柄な態度で「おう、ここに座れや」と自分の横のスペースを指差す。正直、ヤクザのなりそこないかと思った。〈マイナスポイント〉

後に知る事になるのだが、やはり以前はその筋の人であったらしい。私は場違いなところにきたと嫌悪感を抱いたが、収入が欲しい今は背に腹は変えられず感情を抑えたまま素直に座った。

彼の話としては「プロダクションをするにあたり業界のプロがいない。僕らは素人なので助言をしてくれ。現場にはでなくていい」とのこと。

社会保障のない月給20万円で、一週間後の月初めからの勤務と決まった。もうちょっと多めに欲しいのだが、今は我慢しよう。仕事に慣れてきたら交渉すればいい。とりあえず来月からは定期的に定収入がある。もうこれで仕事を探さなくてもいい、お金の心配をしなくてもいい。胸につかえていた気苦労がほぐれ、この一週間はのんびり読書をして過ごした。

初出勤した日、奥の和室で今後の細かい話をする、はずだった。冷静に考えてみると、仕込仏壇というのもおかしい、何かの宗教ではないかと疑った。一人で話している社長は口も軽く、つまらない冗談を言っては「これ、面白いと思わない」などと仕事と関係のないことばかり言う。それも下ネタばかり。私は、くだらないと思いながら曖昧なあいづちを打つ。〈マイナスポイント〉

そして最近、関西にあるお寺を購入し、もうすぐ宗教法人になることを知る。ここは別院と称し、銀座という土地柄で若い女性をターゲットにした水子供養を主に行う。最近の若者は性に対して安易な人が多く、できてしまったら堕胎の図がまかり通っている。
そうしてしばらくすると、自分のしたことに罪の意識を感じはじめる。そこを上手くついたこの手の供養が成り立つ。という発想らしい。

そうか、いつも作務衣でいるのは住職だからなのか。お経はテープを流し、般若心経は書けず、空で唱えられず、形ばかりのにわか坊主だった。
聞けば、信仰心などなく、檀家が増えれば金になるからだという。〈マイナスポイント〉

宗教法人も金持ちの金儲けのために売買されている。なんだか納得いかないが、お金の力は何ごとも許されてしまうんだね。

その後数日は出社してもすることもなく、坊主の話し相手になる。私は、つまらない戯言を聞くよりも仕事がしたい。それでも彼からは仕事の確信には触れず、私が社名や登記の件、新人発掘をどうするのかを聞くと「おばちゃんに任せるからなんとかして」だと。

そうそう、私が特に頭にきたのは私をおばちゃんと呼ぶと決めたくそ坊主。私の年齢が高いので、僕が手を出す心配もないし何を言っても若い子と違い怒って辞めないだろう、と高をくくって言いはなつ無神経さ。

私はどの職場でも名前でしか呼ばれたことがない。それなのに、おばちゃんなんてとんでもない。周りはそれじゃかわいそう、と言ってくれたのに坊主は自分の思いつきに満足し変える気はない。〈マイナスポイント〉

そう呼ばれて、ハイハイと返事なんか私はできない。呼ばれるたびにむかつく。
週末の休みが明け出社した日、私は坊主から思わぬ話を聞くことになった。「新人を探すのも大変だし、育てるための時間も金銭的余裕もない。皆が僕を面白い、というので僕を売ってくれ」だと。それも半年の期間で。「文殊からのお告げがあったから、僕は絶対、有名になれる」ともほざく。けっ、自分が有名人になりたいだけなのか。〈マイナスポイント〉

しかし、私は坊主の話や人間性が面白いとも思わないし、媒体に登場して何を売り物にするつもりなのかも解らない。どこに話を持っていくにしろプロフィールがないことには進まない。それと共に、売るための方向性、戦力も決めていかなければいけない。それを提案すると「そんなのはいらない。面白い坊主がいるといって、仕事を取ってくればいいんだよ。一度でれば、こんどは向こうから頼みにくるようになる」。

そんなもんだろうか。そんなもんじゃないだろう。この人はなにかがずれている。それでもというのなら、考えられる手としてはペイドパブリシティ。こちらがお金を支払い番組枠や紙面を買う方法。それなら、自分の好きなことが大方できるはずだ。

だがこのくそ坊主、お金はかけたくない、私の知り合いに頼めと言う。仕事だからと割り切って、私のこれまでの伝を頼っていくこともできる。だけどそれはしたくない。だって、胡散臭いんだもの。

それに、そこまで私は坊主の意見に傾倒していないし、人間的魅力もまったく感じていないんだから。しばらくはテレビ局をまわり、オーディション情報や新番組に入り込めないかを探してみた。何の下地もなく、売り物もなく、お金をかけられないでは入り込む余地もない。毎日「今日はどうですか? 仕事、とれましたか」とうるさい程に携帯電話にかけてくる。その度に「ありません」と答えるしかない。そんなに簡単に仕事がとれる程、この世界は甘くない。誰でも簡単に出られるんなら、私だって有名人になりたいわよ。

そうこうしている間に、初めての給料日がきた。今回の給料は日割り計算。端数が出たら「それはおまけしてもらおう」とカットされた。カットですよ、プラスじゃなくって。〈マイナスポイント〉

金持ちほど、けちだというが本当だった。私がなんの成果も上げられないうちに、坊主の知り合いがテレビドラマの話を持ってきた。坊主がヘリコプターを持っているので、それと抱き合わせでと。

要はヘリコプターを無料で使用させ、その代わり坊主を番組内に出すという話だ。坊主はテレビが決まったと大喜びでこの話に乗った。私に対しては「他からはこうやって仕事がくる。この先、無駄な金は使いたくないから仕事が出来ない人はどんどん切っていく」と。〈マイナスポイント〉

一ヶ月足らずで結果を出せと言う方が無理難題だとわからないのだろうか。だいたい貴方は大した玉じゃないだろうが。ドラマの話だって、本人の魅力ではなくヘリコプターがタダだというので勝ち取ったものじゃない。それを自分の魅力と勘違いしているなんて、めでたい奴だ。

〈マイナスポイント〉だらけの坊主には、私も辟易していたのでこれを期に手を引いた。
また就職難民に逆戻りすることになったが、ここで働いているよりは精神的にはいい。やはり美味しい話は転がっていないものだ。完全失業率の海に希望の棹をさして、またどこかに流れていくしかない。

そういえば母がよく言ってたなぁ「手に職を持ちなさい。いろんな資格を取りなさい」と。30数年前には一笑に付していたけど、いまは切実にそうしていればよかったと思う。資格があるとないでは、実際に資格を活用していなくても、ある方がないより断然有利なのだ。親の言葉は自分が年をとるにつれて重みを増す。そして、解った頃にはもう遅い。

しばらくして例のドラマ放送があった。オープニングと劇中でヘリコプターの映像が流れた。機内の映像では役者が映っている。坊主の姿はない。坊主はといえば、会議中の場面で主役の隣にセリフもなく座っているだけ。ただ一度サービスカットで顔のアップがあったけど、それ以外には出番なし。エキストラもお金で買っていたということだ。

そんなんで満足していたんだろうか。そんなことで良かったのなら、私にもできた。
もっと志が高いのかと思っていたが案外ミーハーだった。これ以降、彼を画面で見たことはない。お金で買った住職と言う名の袈裟をきた、インチキなへんな坊主だった。あの会社の主な収入源がなんなのか、いまだ謎のままである。

8 件のコメント:

  1. 今回は、何かいつもの真澄節とは違うものを感じましたよ。
    まったく、坊主の風上にもおけない坊主ね(笑)

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    1. イソジーン真澄2/05/2012

      raitoさん、早速にコメントありがとう!
      私節、はちゃめちゃですのでその時々で違ってしまうみたい…
      いろんな面があるということで^^、お付き合いください。
      よろしくお願いします。

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  2. 御美子2/06/2012

    「手に職を持つ」って地味な言葉のようで

    年齢と共に重くのしかかってきますよね。

    私も実感として、よーく分かります。^^;

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    1. イソジーン真澄2/06/2012

      御美子さま
      そうなんですよ……「なになにの資格要」がネックになり残念にも応募できず、が多くなりました。。
      でも御美子さまは語学が達者だから、うらやましい限り。
      私はもう、外来語を覚えられる頭の状態ではありません。
      若いうちにこそ! ですね。
      時すでに遅し、です。あちゃ~~

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  3. やぐちけいこ2/06/2012

    あれ?坊主って志を高く持つ職業じゃありませんでしたっけ?
    坊主違い?などと思ってしまいました。

    私自身も子ども達には資格取れ~、取れる資格は取ってこいと
    言っています。
    どこに勤めるにしても履歴書の欄を埋めないといけないんですよね。
    例え業種がそれとは関係なくとも。

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    1. イソジーン真澄2/06/2012

      やぐちけいこさま。
      お金があれば、ある程度何でも出来てしまうということを再確認させられた坊主でした。ハラハラ……

      お子様に資格を取らせるのは、本当にいいことです。
      この先なにが起きるかわからないし、ずっと同職についているとは限りませんしね。

      訪れていただき、ありがとうございました!

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  4. miruba3/25/2012

    悔しいけれど、結局お金ですよね。
    またまた就職事情体験レポート大変興味深く拝見しました^^

    しかし、へんな坊主がいるもんだ。宗教法人の優遇措置は撤廃すべきだとこういうときに考えてしまいます。

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    1. イソジーン真澄4/18/2012

      miruさま。
      お金は必要です~~。
      ある程度の幸せな(と思う)生活はお金がないと
      維持できません、と私は考えてしまいます。

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