2018年4月20日金曜日

舶来好き by ショウ


.   純也が高校の同級生の垂香に会うのは高校卒業以来で、五年ぶりだった。
 当時の歴史の先生が、
 「母国の歴史を母国語で理解することこそが、英会話ならず他の外国語を身に着ける一番のコツというか、早道だ」
と言った先生の話で、小太り垂香は歴史科目だけは常に一番の成績を取っていた。それを試すかのように高校を卒業すると欧州へ行き、
 「帰国したよ」
と、三日前に五年ぶりの電話があった。
 純也は小太りの彼女をスイカスイカと虐めに似たようなからかい方をした事が、今更ながら恥ずかしく浮かんだ。
 もうすぐ二十五歳を目前に、純也は歴史の先生の話をできるだけ思い出し、垂香の話を理解しようとしていたが、いくら考えても、母国の歴史と外国語は結び付くこともなく、イヤゴザッタ(1853)ペリーさんとかの覚えていた当て句とかをぶつぶつ言うに過ぎなかった。それでも純也は気持ちのどこかに何かが引っ掛かったような、歯の隙間に刺さった取れ難い小骨のような思いが募ってしまい、垂香に電話をした。
 彼女のどこか誇らしげな声がし、自慢されると思うとむかついた。そして垂香の経験に嫉妬している自分が情けなくなると、聞いて学ぶか遣り込めるかしないと気が済まなくなり、時間の取れる日を聞いた。すると、
 「明後日なら暇だから」
と、いう事で会う事になった。

 その日、初夏を思わせる陽気に、葉桜のすきまから青空が見え隠れする桜並木の道で純也は、――やっぱり日本人だな――と、ほくそ笑んだ。
 待ち合わせの喫茶店は桜並木の傍にあった。
――まだ少し早いな――と、思いながら腕時計を見ると、約束の五分前だった。
 ふと、向こうを見ると、立てばシャクヤク座ればボタンと親父が美女を例えて言っていたような美女が近づいてきた。
 純也はシャクヤクとボタンが、どんな花かは知らなかったが、歩く姿はユリの花のユリは知っていて、頷いてニヤつき、それが垂香と知って、小さな溜息さえ漏れた。
 ライトブルーのブラウスにライトグレーのミニスカート。七分のスプリングコートをラフに着こなし、裾がわずかな風にさえひらめいている。
 純也は本当に小太り垂香だろうかと一瞬自分の目を疑い、生唾を飲みこむほどだった。
 小難しい哲学かなんかで遣り込めようという作戦は微かなそよ風にさえ、吹き飛んでいた。それでも互いを確認すると、精一杯に純也は、
「やぁ」
と、声をかけた。それに垂香は、肘を曲げただけで掌を見せ、小さく手を振って応えた。
 それを見て純也は、――思い込みと現実の差が大きいほど声も出なくなる――と、葉桜の隙間から自分を見たような気がした。喫茶店に入り、
 「コーヒー」
と、いって、Vサインをしただけで、まだ声が思うようには出なかった。
 どことなくもじもじする純也を、垂香は少し肩をすくめクスッとする。運ばれてきたコーヒーを一口飲むと、垂香は英国英語と米国英語の違いやニューヨーク発音の違いの話をした後に、
 「日本人は歴史に、なぜという言葉を持たないから、根の無い上辺ばかりの話になり、会話が盛り上がらないのよね」
と、言うのだが、純也は頷いて相づちは打つが、理解できなく聞き役に回っていた。
 今まで、友達の誰からも理屈っぽいと言われながらも説得できていた事が、どうにも浅はかに思えてきた。その時に垂香が、
 「外人は綺麗事言うけど、本音は全く違って、いつも不安なの。だから一日に三回はアイラヴユウと言わないともう不安は頂点に達し、おしゃべりが止まらなくなるの。中身の濃い話をと勉強できたのよ」
 「外人とかい?」
 「英国人だもの、でも初めは嫌われたみたい」
 「厭じゃなかった?」
 「辛かった分、どんどん深みのある会話ができたわ。外人って、こっちの歴史で私を理解するみたい」
 「母国の歴史を知らないと、相手を理解できなくなるって事かい?」
 「だと思うわね」
 「んなのって、興味あまりないんじゃないの、普通?」
 「ね、だからいつまでも舶来コンプレックスって事に気が付かないで、外国文化を真似して喜んでるのよ」

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