2018年2月9日金曜日

無名人 by ショウ

 喜寿を迎えた猪之吉はいよいよ口達者になっても相変わらず老妻モミジのおさがりのワンピースを着て、テレビを見ていた。
 娘の松子は娘の桐子を大学に入れ、離婚騒動も納まり、仕事休みの楽しみだった買い物にも出るようになった。
 テレビでは相変わらず不倫騒動の文秋砲が炸裂している。
 そこに着物姿のモミジがお茶を持って来て、猪之吉の横に置き、
「有名人はすぐ騒がれて、ドジなのね」
と、吐き捨てるように言うと、猪之吉が、
「桐子の受験で松子が付き添って行き、その後すぐだったな。離婚騒動があったのは、松子はさ、夫婦の問題だからもう言わないでとか言うから、事情を深くは聞かなかったが、本当は、何があったんだい」
と、気になっていた事をモミジに聞いた。が、モミジはテレビをじっと見つめている。
 そこに松子が買い物から戻ったのか、玄関で声がし、台所でも音がして、やがて老親の居る居間に来ると、
「又なの、文秋砲。有名人ってホント損ね」
と言い捨て、軽い笑みで松子が、
「有名人じゃなくてよかった」
と、一こと言って鼻から笑みを漏らした。

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