|
写真:テクノフォト高尾 |
<Chapitre Ⅰ トランク >
トランクの底に付いている車輪のゴムが磨耗して剥がれ落ち、とんでもない異様な音を撒き散らし始めたのは、昨年日本から帰宅したときだった。
このトランクは3代目だ。いつも制限重量オーバーの重圧を受けていることから、「クラージュ君」と名づけている。Courage 頑張れ!と言う意味である。クラージュ君は、トランクの名門の出である。 その美しいモスグリーンの体は、いまや剥がすのに失敗したシールで、ゴテゴテになったが、まだすべての運搬者の放り投げる拷問にも耐えうる。隠退にはまだ早い。が、悲しきかな石畳であろうとアスファルトであろうとお構い無しに引っ張って歩くご主人様のせいで少し弱っていた所、 車の前輪部分を飛行機内に運ぶ際壊された。
以前壊れたときは保険がおりたので、オペラにある航空会社までもっていったのだが、2回目は保険は適用外だとか、そんなぁ。代理店がどこにあるかわからないが、カバン屋さんなら手配してくれるだろうと、駅前のカバン屋にもっていったが断られた。取引が無いというのである。
家を出たついでだ。デパートなら売り場があるはずだから何とかしてくれるだろう。
メトロ一本で、デパートまでいく。が、甘かった。此処は日本ではない。
「これは当店では取り扱っておりません。」と、けんもほろろの所を、ぐずぐずと何とかしてほしいオーラを出していたら、「修理専門店の案内カードがございますので差し上げましょう」と、カードを差し出しながら言った。 なんだ、対処があるんじゃないか。
大きなトランクを持ってきているのだ。このまま家に帰るのもしゃくである。
メトロを乗り継ぎ目的地までいくことにした。めったに利用しない駅なので不安だったが。
案の定不安は的中。あと一駅というとき、前の駅で、アナウンスがあった。
「次の駅プラスモンジュは現在工事のため通過いたします」
ひえーーっなんてついていないのだ。
仕方がないので前の駅で降りたが、巴里の地図を持って来ていない。重ね重ねついていない日だ。日本なら駅前には交番と相場が決まっているのに、全く不便な街だ。
住所だけではどうしようもない。案内カードにはデザイン化された大まかな地図は印刷されているのだが、その肝心の目標となるメトロの駅ではなく、前後の駅からでは良くわからない。
それでも駅にある大きな案内板の地図をみて通りをメモし、歩き出した。
こっちかな?この通りかな・・・だがとうとう、立ち往生する。
トランクは、車が壊れているから引っ張って歩けない。
中は空っぽの癖に、持って歩いていると腕が痛くなるほど重い。
そうだよな。
中は空だって、この10年分の旅行の思い出は、いっぱい詰まっているのだもの。
「<想い出>は<重いで~>なんてね」などと自分で冗談を言って、自分に激を入れる。
「Qu'est-ce qui se passe? どうしたの?」
オートバイを止めながら、ヘルメットをかぶった男性が話しかけてきた。
「この店に行きたいの。でも、道がわからないの。地図を持っていなくて」
カードを見せて、メトロからの道を説明する。
「セーヌ川がこっちだから・・・」とライダーが指を刺す。
「え?セーヌはこっち?!だったら、わたし反対に来てる?」
「そのようだね。ほら、持ってあげるよそのトランク。そこまで行こう」
ライダーはオートバイにセキュリティーのチェーンを施し、私が道路に置いたトランクを持った。
いまや外人が増えすぎて、都会砂漠となったこの巴里で、久しぶりの親切に触れる。
私はそのヘルメットをかぶったライダーの後についていく。
「ほら、あった。あそこの店だよ」ライダーが指を刺す。
「メトロ二つ分、トランクをもってくれたお礼に。そこのカフェでコーヒーをいかが?」
ライダーがヘルメットを取った。颯爽とした感じが若い人だと思ったら、革ジャンの下にネクタイをしたロマンスグレーだった。白髪交じりの口ひげが似合っている。澄んだ瞳がきれいだ。
「ちょうどカフェに寄ろうと思っていたんだ。連れが出来て嬉しいよ。
je vous invite(僕に招待させてよ)」
私たちは、外の見えるカウンターで立ったまま、ほんのひと時、午後のコーヒーを飲んだ。
プティクレームptitcremeの優しい味がした。
(ptitcreme=カフェオレの小カップいり)
♪【ダルマーニュ】 唄パトリシア・カーッス
D'Allemagne Patricia Kaas
父親がフランス人、母親がドイツ人のハーフです。6歳までドイツ語しか話せなかったそうです。母親がパトリシアの才能を早くから見出し歌手にしようとします。
ジャズやシャンソンの要素をミックスしたポップミュージシャンで、ハスキーな声が魅力的です。この子の顔が好きで、「フランス人って美人はいないと思ったけどいるのね」といって顰蹙ものでした^^