
その子の名前は菜々美と言った。
その時僕は小学6年生。
菜々美の目には光が無かった。
何もかもを諦めたよな自分にも身に覚えのある瞳をしていた。
ここに来る子どもは心に何かしらの傷を負っている。
だからお互い何も聞かない。
菜々美には表情が何も無かった。まるでお人形さんのよう。
僕は菜々美がどうしてかその日から気になって仕方がない。
だからなるべく菜々美の傍にいて世話を焼いた。
その日の学校であった事やこの施設の事をいろいろ話をした。
聞いているのかいないのか分からなかったけれどなるべく楽しい話を聞かせた。
菜々美は笑わないし話さない。
笑うと可愛いのに、声を聞きたいのにと僕の願望は膨らむけれど菜々美はお人形さんのままだった。
ここの園長は自分達をまるで自分の子どものように叱ったり褒めたり、時には一緒に鬼ごっこをして遊んでくれる。
そして僕達にいつも言うんだ。
「たくさんの事を学びなさい。人には優しくするんだよ。そして君たちの可愛い笑顔を私に見せて欲しい」
菜々美もそんな園長の言葉を何度も聞いている。
菜々美が来て半年が過ぎた。
僕は公立の中学校へ通うようになったため小学生の頃から比べたら帰る時間が遅くなり、勉強も忙しくなってきてなかなか菜々美と関われない日が続いていた。
それでも一緒に夕飯を食べ、時々お風呂にも入れていた。
ねえ、菜々美。菜々美はどうしたら笑ってくれるんだろう?
今までずっと小さい子の面倒は見てきたから菜々美の面倒を見る事も苦では無かった。
むしろ楽しかった。
そんなある日。テスト週間でお昼前に帰った時、早速菜々美の姿を探した。
物陰に隠れて何かを見ている園長が庭の片隅にいるのを見つけ声をかけようとしたら、いち早く僕の姿に気づいた園長が自分の口に人差し指を立て「しぃ」と声に出すこと無く言う。
手招きされて静かに園長の隣へ行くとあっちを見てごらんというように指を差された。視線をそこに向けると、どこからか迷い込んで来た野良猫と菜々美の姿があった。
菜々美はペタンとおしりを地面に付けてその猫の頭をなでている。
まだ子猫のようで身体が小さく心もとない。
そんな子猫をいたわるように身体をなでる菜々美。
子猫がペロンと菜々美の手を舐めた瞬間、菜々美が小さな声で笑った。
あの菜々美が笑ってる。
僕が何をしても笑ってくれなかった菜々美が子猫を相手に笑っている。
僕は気付かないうちに泣いていた。
「僕、あの笑顔を守りたい。僕の力はあの子猫にかなわないけど僕がんばりたいんだ。いつかあの笑顔を僕に見せてもらえるように。。。」
隣にいる園長をみると僕をみて微笑んでいた。
いつかきっと僕にもあの笑顔を見せて貰うんだ。
だから勉強もスポーツも何だってがんばれる。
ねえ、菜々美。
いつか僕にもその笑顔を見せてね。