娘がマテルネル(幼稚園)に通いはじめた頃のことだ。
私達両親が日本人では、同じ年頃のフランス人の友達が出来ないだろうと、早くから通わせた。
マテルネルはオシメが取れていることを条件としていたので、大体2歳くらいから入ることが出来る。
まだおしゃぶりやビブロン(哺乳瓶)を口にくわえたまま通ってくる子もいる。
それ以前の生後直ぐから2歳までを預かってくれるクレーシュ(託児所)と、レコールプリメール(小学校)も
仕事を持つ両親が年齢の違う兄弟達を迎えに来易い様にまとめて隣接し建てられている。
日本と違って安全は個人責任だから、両親が朝晩と昼食の送り迎えをしなくてはならない。
1人で通わせたりすると、育児放棄虐待とみなされることがある。
仕事のある忙しい親に代わって送り迎えと、学校給食を頼まない場合追加でお昼を食べさせてくれる行政の認可を受けた個人託児家庭が一般にある。
大抵は自分も子育てをしている同級生の専業主婦が3,4人まとめて面倒を見る、という場合が多いようだ。
幼稚園の道路を挟んだ真向かいに、カフェがある。
娘の送り迎えは朝・夕・お昼と4往復するわけで、送った後買い物に行き自宅に戻らずお昼のお迎えをする時など、カフェで時間調整をしたりした。
近くに商業ビルやホテルもあるので、仕事帰りのサラリーマン・サラリーウーマンや工事中の作業服姿の人たちが
カウンターで一杯飲んでいたり、夜はビストロ風になり食事を楽しむ観光客や家族連れがいたりでいつも賑わっていた。
夏の暑い日は娘に時々アイスクリームを食べさせに寄った。
私はビエールペッシュ(桃のシロップとビールを混ぜたもの)だ。
「Avec ta maman?c'est bien.T'es contente,n'est ce pas?」
テラスに座る娘にマダムがママと一緒でいいわねと話しかけてくる。
この女性がパトロンヌ(店主)だった。
特別愛想がいいという訳ではなかったが、上品な感じの美しい中年の女性で、うっすらと汗をかきながらいつも忙しそうだけれど細やかな気遣いをする彼女と話したい男達でカウンターはいつも立つ場所がないくらいだった。
「うん、パパが出張なの」
「オララ~、【出張】だなんて難しい言葉知っているのね、えらいわ」
などと子供好きではあるらしく、忙しいギャルソンに代わってアイスはいつも彼女がカウンターから出てきて運んでくれた。
「マダムのパパも出張?」と3歳の娘。
「あはは、そうね、長いこと天国に出張しているわ」
そして私に向かってつぶやいた。「恋人もね、出張なの、もう7年になるかしら」
「え?亡くなったの?」と問いかけた私に、「いいえ」と言ったきり、カウンターに戻ってしまったので、その後があやふやだったが、何年も通ううちに、少しずつ聞かせてくれた。
私がまともにフランス語も話せない外人だったからむしろ、語ってくれたのかもしれなかった。
パトロンヌの両親はパリ市内でカフェをしていた為、彼女がカフェを継いだという。
客だった男性と結婚し子供が出来て直ぐに、兵隊だった夫はカンボジアの内戦に巻き込まれ亡くなってしまった。
シングルマザーの彼女を支えてくれたのが恋人だった。
彼が子供を可愛がってくれたので、彼女は再婚も考えていたらしい。
ところが不運なことに子供が交通事故で亡くなってしまった。
どれほど辛かっただろう。
それも、自分がカフェをやっていた為に、子供が道路に飛び出したことに気がつかなかったのだという。
さらに彼女を不幸が襲った。
子供を可愛がってくれていた恋人が、車を運転していた加害者の態度に反省の色がないことを許せないといって
こともあろうに刺し殺してしまったのだ。
情状酌量を願い出たが、実の子供というわけではなかった為に、有罪判決を受けたのだった。
彼女はパリのカフェを売り、学校の見えるこの場所で彼を待つ新しいカフェを始めた。
学校の前に道路があるが、そこを子供が多く通るというので、日本で言う<緑のおばさん>を設置するように進言したのもこのカフェのパトロンヌだった。
「もう直ぐ出てくるのよ」
嬉しそうにしていたのに。
いつも何者にも動じない風情のパトロンヌが、そわそわして、客にも「マダム、恋人でも出来たのか?」などと
冷やかされるほどだったのに。
刑務所から出てくるほんの一ヶ月前に、愛しい恋人は脳溢血で帰らぬ人となったのだった。
なんということだろう・・・
その日からパトロンヌの姿を見ることはなかった。
暫くカフェは閉まっていたが、ヴァカンス開けに再開したときは店主が変わっていた。
その後駅前に大型の商業施設がはいったので、商店街はすっかり錆びれ、カフェの客も激減した様子だった。
娘たちが大きくなって幼稚園・小学校の前はパンを買いに行くときだけ寄るようになって、
短い間に何代か変わったカフェには入っていない。
マテルネルの前にあるカフェは、今ではどこの国のカフェかわからない変な音楽が流れ、足を向ける気にもなれない。
子供達との思い出のカフェ。
あの懐かしいパトロンヌは、今、どこでどうしているだろうか。
どうか、幸せで居て欲しいと願うのだ。