二十二歳で未婚の成美は、
「産むのは女でも、育てるのは男か、産むも育ても女か、共同?」
と思って、理想は共同だと思ったが、そんな単純なわけがない、結婚しても離婚があるのだからと、自己否定をした。
それでも成美は、友達の中で結婚の話が出ると、結婚がなぜめでたいのか、なぜ結婚をする男女を祝福するのか、それを知りたかった。
成美としては、めでたくないとか、祝福したくないというわけではなく、何がめでたく、何を祝福するのかを知りたかっただけだった。
初めの頃、結婚とは合法的売春、子造許可証とか子造練習をしたいだけとか、セックスライセンス、そんな気がしていた。
女は視線を感じただけで、セクシャル・ハラスメントだと騒げる本能的性感はあるが、成美は自分が化粧する事は逆ハラスメントかも、そう思う時すらあった。現に兄の会社で、
「イメチェンしたね」
と、女性社員の髪型を言っただけで、ハラスメントだと言われ、兄は、
「女性の気分次第で、どうにでもなってしまう」
と、こぼして困惑していた。
成美は兄のそんな話を聞いて、不意に高校の生物の先生の話を思いだした。
―― すべての生物は、その種で宇宙征服を望んでいる ――
だった。その生物は意思を持ってそうするのかはともかく、本能だろうくらいは理解でき、人間もか? と成美は思った。
もしそうなら、結婚とは種の保存行為への儀式という事になり、確かにめでたい気がし、祝福の言葉も無限にあるように思えた。
某官僚の話も話題になり、
「あれは暴言だな」
と、兄も言って、
「女性の容姿やメイクを褒めるとセクシャル・ハラスメントだなんて、トラップじゃないか」
と、兄は嘆いた。
「大丈夫よ、お兄ちゃんにトラップ掛ける人いないから」
「どうして?」
「お兄ちゃんは、お金も力も、無いから」
と、成美は言って、“無いから”に力が入ったなと、浅ましさを感じた。
―― 了 ――
2018年5月18日金曜日
2018年4月20日金曜日
舶来好き by ショウ
当時の歴史の先生が、
「母国の歴史を母国語で理解することこそが、英会話ならず他の外国語を身に着ける一番のコツというか、早道だ」
と言った先生の話で、小太り垂香は歴史科目だけは常に一番の成績を取っていた。それを試すかのように高校を卒業すると欧州へ行き、
と言った先生の話で、小太り垂香は歴史科目だけは常に一番の成績を取っていた。それを試すかのように高校を卒業すると欧州へ行き、
「帰国したよ」
と、三日前に五年ぶりの電話があった。
純也は小太りの彼女をスイカスイカと虐めに似たようなからかい方をした事が、今更ながら恥ずかしく浮かんだ。
もうすぐ二十五歳を目前に、純也は歴史の先生の話をできるだけ思い出し、垂香の話を理解しようとしていたが、いくら考えても、母国の歴史と外国語は結び付くこともなく、イヤゴザッタ(1853)ペリーさんとかの覚えていた当て句とかをぶつぶつ言うに過ぎなかった。それでも純也は気持ちのどこかに何かが引っ掛かったような、歯の隙間に刺さった取れ難い小骨のような思いが募ってしまい、垂香に電話をした。
彼女のどこか誇らしげな声がし、自慢されると思うとむかついた。そして垂香の経験に嫉妬している自分が情けなくなると、聞いて学ぶか遣り込めるかしないと気が済まなくなり、時間の取れる日を聞いた。すると、
「明後日なら暇だから」
と、いう事で会う事になった。
その日、初夏を思わせる陽気に、葉桜のすきまから青空が見え隠れする桜並木の道で純也は、――やっぱり日本人だな――と、ほくそ笑んだ。
待ち合わせの喫茶店は桜並木の傍にあった。
――まだ少し早いな――と、思いながら腕時計を見ると、約束の五分前だった。
ふと、向こうを見ると、立てばシャクヤク座ればボタンと親父が美女を例えて言っていたような美女が近づいてきた。
純也はシャクヤクとボタンが、どんな花かは知らなかったが、歩く姿はユリの花のユリは知っていて、頷いてニヤつき、それが垂香と知って、小さな溜息さえ漏れた。
ライトブルーのブラウスにライトグレーのミニスカート。七分のスプリングコートをラフに着こなし、裾がわずかな風にさえひらめいている。
純也は本当に小太り垂香だろうかと一瞬自分の目を疑い、生唾を飲みこむほどだった。
小難しい哲学かなんかで遣り込めようという作戦は微かなそよ風にさえ、吹き飛んでいた。それでも互いを確認すると、精一杯に純也は、
「やぁ」
と、声をかけた。それに垂香は、肘を曲げただけで掌を見せ、小さく手を振って応えた。
それを見て純也は、――思い込みと現実の差が大きいほど声も出なくなる――と、葉桜の隙間から自分を見たような気がした。喫茶店に入り、
「コーヒー」
と、いって、Vサインをしただけで、まだ声が思うようには出なかった。
どことなくもじもじする純也を、垂香は少し肩をすくめクスッとする。運ばれてきたコーヒーを一口飲むと、垂香は英国英語と米国英語の違いやニューヨーク発音の違いの話をした後に、
「日本人は歴史に、なぜという言葉を持たないから、根の無い上辺ばかりの話になり、会話が盛り上がらないのよね」
と、言うのだが、純也は頷いて相づちは打つが、理解できなく聞き役に回っていた。
今まで、友達の誰からも理屈っぽいと言われながらも説得できていた事が、どうにも浅はかに思えてきた。その時に垂香が、
「外人は綺麗事言うけど、本音は全く違って、いつも不安なの。だから一日に三回はアイラヴユウと言わないともう不安は頂点に達し、おしゃべりが止まらなくなるの。中身の濃い話をと勉強できたのよ」
「外人とかい?」
「英国人だもの、でも初めは嫌われたみたい」
「厭じゃなかった?」
「辛かった分、どんどん深みのある会話ができたわ。外人って、こっちの歴史で私を理解するみたい」
「母国の歴史を知らないと、相手を理解できなくなるって事かい?」
「だと思うわね」
「んなのって、興味あまりないんじゃないの、普通?」
「ね、だからいつまでも舶来コンプレックスって事に気が付かないで、外国文化を真似して喜んでるのよ」
2018年3月23日金曜日
男女、命懸けの差 by ショウ
”ふと見上ぐ 梅花浮かぶや 透き宙(そら)に”
彼の言う、お付き合いでの約束事の多さに、高三の成美は、いささか意気消沈のまま、帰りの電車の中で、会話を反芻していた。
―お金、私がいいよって言わない時は割り勘。病気、何股掛けてもいいけど、性病だけは持ってこないで。妊娠、この責任は女性が100パーセント―
お金の事と病気の事は理解できたが、妊娠の責任は理解できなかった。成美は女性としていつかは妊娠するだろうし、それが女性の証明だとさえ思っていた。しかし、一人でそうなる訳はないのだから、50%は男性にも責任が有ると言った時、彼は、
―今日は危険日って知っているのは、どっち?―
女性の方だった。だが成美は危険日を告げれば責任は対等でしょと、言ってみた。が、
―それでも女性側だよ―
無情な男だと思い、もう会わない方がいいと思った。
この時、優先席の妊婦に気が付き、望んで、それとも成り行きで? いずれにしても、この状態が彼女には280日間も続く。男には、これがない。これに耐えうるものが、女の私の中に有るのか無いのか、彼はそれを言ったのかもしれない。
そういえば女子高の先輩が、
「男に勝つことは簡単でも、自分のサガ(性)に勝つって大変よ。特に19前後の女にはね」
あの時、成美が、
「両方が負けそうだったら?」と、聞いてみると、先輩は、
「産んで乳離れまでは女の責任だけど。その後は男の責任なの」と、キッパリと言われ、成美にも理解できたが、その後の女にも責任はあると思って、
「女って案外、残酷ね。産み捨てとか子殺しって女だけやるし」
と、言ってみた。
「逆よ。食わせなきゃ死んじゃうでしょ。女は280日でも男は生涯よ」
「妻子に対して?」
「妻によ」
「子には?」
「母親は命懸けで産んで、夫婦でせいぜい子の二十歳までね。それまでが大変だからって、妻も仕事で夫を助けるわけじゃない、ね、女は優しいでしょ」
電車が成美の降りる駅に着き、明るいホームに立った瞬間、
――仕事で大変な男でも、お産でご主人が死んだという話、聞いた事がないわ――
彼の言う、お付き合いでの約束事の多さに、高三の成美は、いささか意気消沈のまま、帰りの電車の中で、会話を反芻していた。
―お金、私がいいよって言わない時は割り勘。病気、何股掛けてもいいけど、性病だけは持ってこないで。妊娠、この責任は女性が100パーセント―
お金の事と病気の事は理解できたが、妊娠の責任は理解できなかった。成美は女性としていつかは妊娠するだろうし、それが女性の証明だとさえ思っていた。しかし、一人でそうなる訳はないのだから、50%は男性にも責任が有ると言った時、彼は、
―今日は危険日って知っているのは、どっち?―
女性の方だった。だが成美は危険日を告げれば責任は対等でしょと、言ってみた。が、
―それでも女性側だよ―
無情な男だと思い、もう会わない方がいいと思った。
この時、優先席の妊婦に気が付き、望んで、それとも成り行きで? いずれにしても、この状態が彼女には280日間も続く。男には、これがない。これに耐えうるものが、女の私の中に有るのか無いのか、彼はそれを言ったのかもしれない。
そういえば女子高の先輩が、
「男に勝つことは簡単でも、自分のサガ(性)に勝つって大変よ。特に19前後の女にはね」
あの時、成美が、
「両方が負けそうだったら?」と、聞いてみると、先輩は、
「産んで乳離れまでは女の責任だけど。その後は男の責任なの」と、キッパリと言われ、成美にも理解できたが、その後の女にも責任はあると思って、
「女って案外、残酷ね。産み捨てとか子殺しって女だけやるし」
と、言ってみた。
「逆よ。食わせなきゃ死んじゃうでしょ。女は280日でも男は生涯よ」
「妻子に対して?」
「妻によ」
「子には?」
「母親は命懸けで産んで、夫婦でせいぜい子の二十歳までね。それまでが大変だからって、妻も仕事で夫を助けるわけじゃない、ね、女は優しいでしょ」
電車が成美の降りる駅に着き、明るいホームに立った瞬間、
――仕事で大変な男でも、お産でご主人が死んだという話、聞いた事がないわ――
2018年3月9日金曜日
どっちが先 by ショウ
村道の右手は薄氷の張った田んぼの遥か彼方に、白く聳える奥羽山脈が静かに横たわり、反対側に生えている大きな松の枝先が道に覆いかぶさり、その下を行く女子高生三人が映える。
制服姿が寒そうに見えるが、手袋に好みの柄のマフラーを顎も隠れるようにし、軽やかに家路についている。犬を連れ自転車に乗った村の青年とすれ違うと、三人はクスクスと顔を見合って、はち切れんばかりの笑顔で青年の背を盗み見する。そして景色に見とれている小顔系の美香利が、
「ネネ、今の何点?」
と、敏江に青年の採点を聞くと、貞美が、
「あいつの弟、クラス同じなんだけど。部屋にね、エッチ本一杯だってよ。でさぁ、見たのって聞いたのよ」
「見たって?」
と、美香利が貞美に聞くと、
「見るかぁ、あんなのって叱られちゃったわよ」
すると敏江が、
「あんなのって言ったわけ?」
この敏江の言い方に美香利は少し戸惑った。すると貞美が、
「ね、敏江、どういう意味、それ?」
「そうでしょ、あんなの、って言う事は見たから言えるセリフじゃない?」
美香利は、そうかもしれないと思い、見ると見ない。どっちが普通か、少なくとも学校や両親からは良いよという話を聞いた事はなく、少し沈んでしまった。すると敏江が、
「興味持っていいんじゃない、普通よ。でしょ」
と二人に言い放った。すると貞美が、
「ライオンなんかはね、メスが最初なんだって、発情が」
「人も?」
と、美香利が山脈から目を移して声を出した。すると、貞美が
「そっ!!」
2018年2月9日金曜日
無名人 by ショウ
喜寿を迎えた猪之吉はいよいよ口達者になっても相変わらず老妻モミジのおさがりのワンピースを着て、テレビを見ていた。
娘の松子は娘の桐子を大学に入れ、離婚騒動も納まり、仕事休みの楽しみだった買い物にも出るようになった。
テレビでは相変わらず不倫騒動の文秋砲が炸裂している。
そこに着物姿のモミジがお茶を持って来て、猪之吉の横に置き、
「有名人はすぐ騒がれて、ドジなのね」
と、吐き捨てるように言うと、猪之吉が、
「桐子の受験で松子が付き添って行き、その後すぐだったな。離婚騒動があったのは、松子はさ、夫婦の問題だからもう言わないでとか言うから、事情を深くは聞かなかったが、本当は、何があったんだい」
と、気になっていた事をモミジに聞いた。が、モミジはテレビをじっと見つめている。
そこに松子が買い物から戻ったのか、玄関で声がし、台所でも音がして、やがて老親の居る居間に来ると、
「又なの、文秋砲。有名人ってホント損ね」
と言い捨て、軽い笑みで松子が、
「有名人じゃなくてよかった」
と、一こと言って鼻から笑みを漏らした。
娘の松子は娘の桐子を大学に入れ、離婚騒動も納まり、仕事休みの楽しみだった買い物にも出るようになった。
テレビでは相変わらず不倫騒動の文秋砲が炸裂している。
そこに着物姿のモミジがお茶を持って来て、猪之吉の横に置き、
「有名人はすぐ騒がれて、ドジなのね」
と、吐き捨てるように言うと、猪之吉が、
「桐子の受験で松子が付き添って行き、その後すぐだったな。離婚騒動があったのは、松子はさ、夫婦の問題だからもう言わないでとか言うから、事情を深くは聞かなかったが、本当は、何があったんだい」
と、気になっていた事をモミジに聞いた。が、モミジはテレビをじっと見つめている。
そこに松子が買い物から戻ったのか、玄関で声がし、台所でも音がして、やがて老親の居る居間に来ると、
「又なの、文秋砲。有名人ってホント損ね」
と言い捨て、軽い笑みで松子が、
「有名人じゃなくてよかった」
と、一こと言って鼻から笑みを漏らした。
2018年1月15日月曜日
韓国の「親日精算」by 御美子
2002年、我が家に韓国人の中学生と引率の先生がホームステイをした。
実は、それまで韓国や韓国人と全く接触がなく、知識は皆無に等しかった。
その先生から「親日と言われると・・・」と言いにくそうに言われたことがあった。
両国の歴史に無関心だった当時の私が「親日」という言葉には、日本や日本人に好意を持つという以外に別の意味があることを初めて知った瞬間だった。
2005年(革新系盧武鉉政権)から4年間と期間限定で着手された大統領直属機関「親日・反民族行為真相究明委員会」が、2009年(保守系李明博政権)11月に合計1005名の該当者を公表し使命を終えた。
施行済みの「親日反民族行為財産の国家帰属に関する特別法」の裏づけ資料として機能しているのではないかと考えられている。
その時点で4回目に当たる氏名公表以前に、現在のレートで約100億円の個人資産が、敵国協力への見返りと見なされ没収され独立功労者や独立記念事業の資金となっているらしい。
上記は韓国の新聞社のニュース記事から抜粋要約したものだが「親日」とレッテルを張られたら財産を没収されるくらいなのだから、前出の先生が親日家と言われることに戸惑ったのも当然だと納得できる。
さて、韓国の「親日」は、大韓民国の建国年度にまで影響を及ぼす。
革新系は日本が韓国を統治していた時に上海にできた臨時政府樹立の1919年、保守系は日本から独立解放された後の1948年を建国の年と言っている。
保守系が建国年度を30年近くも遅らせたい理由は「1948年以前に日本に協力的だったとしても大韓民国成立前で売国行為に当たらない」と主張したいからに他ならない。
建国年度が1919年に確定したら、新たに「親日辞典」に載る人数が増えることだろう。
韓国では2015年に日韓政府間で締結された慰安婦問題合意に対して最近になって「前政権の決めたことは認められない」と公式発表した。
日本政府の見解は「見直すつもりは全くない」だが、それで正解だ。
しかし、一部のマスメディアがいっているような「さすがの日本人もこれには怒る」と嫌韓に走る必要はないと思う。
韓国政府の発表は自国民へのアピールだと考えられるからだ。
ムン・ジェイン現大統領の悲願は「親日清算」つまり、自国民を売ったり、それによって軍事政権時代や現在も恩恵を受けている韓国人の清算であって見ず知らずの日本の一般市民ではないはずだからだ。
元慰安婦達は支援者達から「日本政府が謝罪すれば尊厳が回復できる」と教え込まれて行動を起こしているように見えるが彼女たちの当初の願いは、心のこもらない日本政府からの謝罪ではなく自分達を売った当事者からの謝罪や自国民から白い目で見られないことだったと考える。
親日をひた隠しにしたい保守系と、それを暴いて特権階級から引きずり落したい革新系。日本がらみの問題の裏には韓国人同士の葛藤が常にあるように思えて仕方がない。
慰安婦問題だけでなく竹島問題も、韓国人同士で「親日清算」ができるかどうかが鍵で日本人が中途半端な親切心を示すと余計にこじれてしまうと考える所以である。
実は、それまで韓国や韓国人と全く接触がなく、知識は皆無に等しかった。
その先生から「親日と言われると・・・」と言いにくそうに言われたことがあった。
両国の歴史に無関心だった当時の私が「親日」という言葉には、日本や日本人に好意を持つという以外に別の意味があることを初めて知った瞬間だった。
2005年(革新系盧武鉉政権)から4年間と期間限定で着手された大統領直属機関「親日・反民族行為真相究明委員会」が、2009年(保守系李明博政権)11月に合計1005名の該当者を公表し使命を終えた。
施行済みの「親日反民族行為財産の国家帰属に関する特別法」の裏づけ資料として機能しているのではないかと考えられている。
その時点で4回目に当たる氏名公表以前に、現在のレートで約100億円の個人資産が、敵国協力への見返りと見なされ没収され独立功労者や独立記念事業の資金となっているらしい。
上記は韓国の新聞社のニュース記事から抜粋要約したものだが「親日」とレッテルを張られたら財産を没収されるくらいなのだから、前出の先生が親日家と言われることに戸惑ったのも当然だと納得できる。
さて、韓国の「親日」は、大韓民国の建国年度にまで影響を及ぼす。
革新系は日本が韓国を統治していた時に上海にできた臨時政府樹立の1919年、保守系は日本から独立解放された後の1948年を建国の年と言っている。
保守系が建国年度を30年近くも遅らせたい理由は「1948年以前に日本に協力的だったとしても大韓民国成立前で売国行為に当たらない」と主張したいからに他ならない。
建国年度が1919年に確定したら、新たに「親日辞典」に載る人数が増えることだろう。
韓国では2015年に日韓政府間で締結された慰安婦問題合意に対して最近になって「前政権の決めたことは認められない」と公式発表した。
日本政府の見解は「見直すつもりは全くない」だが、それで正解だ。
しかし、一部のマスメディアがいっているような「さすがの日本人もこれには怒る」と嫌韓に走る必要はないと思う。
韓国政府の発表は自国民へのアピールだと考えられるからだ。
ムン・ジェイン現大統領の悲願は「親日清算」つまり、自国民を売ったり、それによって軍事政権時代や現在も恩恵を受けている韓国人の清算であって見ず知らずの日本の一般市民ではないはずだからだ。
元慰安婦達は支援者達から「日本政府が謝罪すれば尊厳が回復できる」と教え込まれて行動を起こしているように見えるが彼女たちの当初の願いは、心のこもらない日本政府からの謝罪ではなく自分達を売った当事者からの謝罪や自国民から白い目で見られないことだったと考える。
親日をひた隠しにしたい保守系と、それを暴いて特権階級から引きずり落したい革新系。日本がらみの問題の裏には韓国人同士の葛藤が常にあるように思えて仕方がない。
慰安婦問題だけでなく竹島問題も、韓国人同士で「親日清算」ができるかどうかが鍵で日本人が中途半端な親切心を示すと余計にこじれてしまうと考える所以である。
2017年10月22日日曜日
最後のお願い by Miruba
今日は土曜日で事務員さんは出勤していません。他の人たちもみんな出かけています。ですが、国道沿いにある事務所の窓の外、ひっきりなしに選挙カーが通ります。
「最後のお願いに参りました~!!」
小さい会社なのですが一応50人の社員が在籍していますから、皆さんご挨拶に立ち寄ってくださる。50票50票ってね^^
え~~今日あたしひとりだから~~
それに私は一票しかないから~
おまけに期日前投票でもう投票しちゃったから~~
と言う心の声はしまって、選挙カーが通るたび、急いで外に出て手をふり「頑張ってください!応援しています」
ぬわ~んて言っちゃったりして~~握手をしっかり交わすね。
ん~~~いぽくりっと(偽善者)のmiruちゃん おほ
今回市長は無投票。市議も18議席で18人だったので無投票になるはずでしたが、なんと前回落選した御仁が「無投票なんて良くない。再度挑戦する」と言い出し、選挙が行われる運びに。
彼は地元でもあまり人望がなく、前回「大恥をかいた、二度とごめん」と奥さまが猛反対で今回お手伝い無し。軽自動車をにわかの選挙カーにしてマイクではなく、運動会などで使う拡声器で、うぐいす嬢も頼まず自身の声だけで「よろしくお願いします」と頑張っている様子。
でも、クリーンをアピールする若い3,40代の候補者が学生アルバイトを仲間に自転車で走り回っているのとは違って、いかにも貧乏ったらしい。おまけに選挙参謀は選挙無縁の仲間数人、選挙事務所には人影もなく、
「なんで出たの?立候補せず無投票なら、これだけの選挙にかかる費用が浮いたのに。市民の税金無駄に使って、マニフェストもないくせに駄々っ子みたいなことするなよ。」とブーイングの嵐。
そんななか、現在の市長が、歴代議長の中で最優秀と言わしめた市議候補がやってきました、当社の専務も昔からの参謀で選挙の時はいつも駆り出されているのですがその人が奥様共々走り回っている。
「今回は皆さん問題ないでしょうに、大変ですね」と私がいうと
「いや、選挙は魔物ですから・・・・是非・・・」ってね^^
なんでも無投票なら見過ごされていたが、選挙ともなると、3人ほどが落ちる可能性のある人がいるというのだ。
ん~~となると、あの「お騒がせ御仁」の参戦も無駄ではなかったことになるのかな?
さて、衆議院、国政選挙でございますよ。
今回、国もお騒がせなお人たちが多かったが、どうなるのでしょう。すべては明日決まりますね。
____________________
フランスに住む日本人のための在外選挙投票が出来るようになったのは、
2000年平成12年に行われた第42回衆議院議員総選挙、(第一次森内閣)のときでした。その10年くらい前から在外選挙を行うよう国に働きかけが世界中から起こっていましたので、法案が通過し当時フランス在住の日本人たちは喜んでいました。(私もね^^)
ですが、日本の外務省の海外在留邦人数統計で、2015年平成27年10月1日現在、在外日本人数は、131万7,078人。投票の出来る人が半分として65万人いるはずですが、2012年平成24年12月3日時点で、総務省の在外選挙人名簿登録者数は、たった 10万6156人だそう。
外国に住んでいるから日本の政治はどうでもいい、と言うわけにはいかない時代。また世界を見ていればこその外国在住者は重要な一票になること、大いに考えられるので、日本の議員さんは、もう少しそこに視点を置くと、新しい票につながるかも、また在外有権者は他人事の様に見ていないで、権利を主張するならば、義務を果たしてほしいものだと思います。
ただ、外国に居住する有権者が投票にあたり、居住地から投票所までが遠距離だったり投票用紙が誤った住所に送付されたり、事務手続きが煩雑だったり、郵送に遅延が生じて、無効票になってしまったりと、結構あちこちで問題はあるのです。
フランスでは、外国に在留するフランス人は・・(ごめんなさい、どれほどいるのか把握できていませんが、その中で) 約130万人が在外選挙人名簿に登録しているそうです。日本の13倍です。
そこでフランスでは電子投票を2012年のサルコジ大統領→オランド大統領の時から始めました。在外投票総数の55%を超える24万票以上が電子投票され、
11人のフランス国会議員が直接選出されました。
史上初めて、インターネットが国政選挙における重要な投票手段としての役割を果たした!と大騒ぎでしたが・・・・・今年の2017年6月の選挙の時は、サイバー攻撃の脅威を理由に、同3月に電子投票をしないという法案が通りました。
ですよね~~~ネットなんか絶対的な信用はありませんよね~
____________________
話変わりますが、
フランスで最初の女性国会議員はマルト・シマールさんという女性でした。
1945年昭和20年女性参政権が認められる以前の1943年、アルジェ暫定諮問議会84議席のうち唯一の女性議員だったそうです。
当時は10人だった女性議員、第13立法期では、今まで最多の107人の女性議員がいるそうです。
一方1946年昭和21年日本でも女性参政権が認められましたね。
初の女性代議士の一人となった園田天光光さんって変わったお名前ですね。ヨーグルトを紹介した人で有名ですが、2015年までご健在だったのですって。第22回衆議院選挙で33人が当選したそうですが、あれからん十年、なのに現在もまだ衆議院の女性議員って45人ほどだそう。頑張れ日本女子!
もっと投票が進んで女性の議員さんにも頑張っていただきたいものですね。
そうそう、日本では選挙と言うと不正が取りざたされて、責任を取って折角の議員の席を手放すこともありますが、
フランスでも、不正を疑う知事や候補者は憲法院に審査請求ができ、選挙人も同院に異議申し立てができます。
不正が明らかになると、選挙が無効になるか、もしくは選挙結果が修正されることがあります。ですが、すべての不正が取りざたされるとは限りませんで、
「ある不正」が、【結果を変えるほどの票数を動かす効果】がなければなくてはならず、もし、たいして影響がないと判断されると、「あきらかな不正行為」であっても、
処罰されないのだそうですよ。
え~~っ!!線引き難しそうでですよね。
不正はふせいですよね^^
選挙についての世間話でしたが^^みなさま、投票にはいきましょうね~~~
____________________
参考引用:
在日フランス大使館https://jp.ambafrance.org/article5525
総務省http://www.soumu.go.jp/senkyo/hoho.html
「最後のお願いに参りました~!!」
小さい会社なのですが一応50人の社員が在籍していますから、皆さんご挨拶に立ち寄ってくださる。50票50票ってね^^
え~~今日あたしひとりだから~~
それに私は一票しかないから~
おまけに期日前投票でもう投票しちゃったから~~
と言う心の声はしまって、選挙カーが通るたび、急いで外に出て手をふり「頑張ってください!応援しています」
ぬわ~んて言っちゃったりして~~握手をしっかり交わすね。
ん~~~いぽくりっと(偽善者)のmiruちゃん おほ
今回市長は無投票。市議も18議席で18人だったので無投票になるはずでしたが、なんと前回落選した御仁が「無投票なんて良くない。再度挑戦する」と言い出し、選挙が行われる運びに。
彼は地元でもあまり人望がなく、前回「大恥をかいた、二度とごめん」と奥さまが猛反対で今回お手伝い無し。軽自動車をにわかの選挙カーにしてマイクではなく、運動会などで使う拡声器で、うぐいす嬢も頼まず自身の声だけで「よろしくお願いします」と頑張っている様子。
でも、クリーンをアピールする若い3,40代の候補者が学生アルバイトを仲間に自転車で走り回っているのとは違って、いかにも貧乏ったらしい。おまけに選挙参謀は選挙無縁の仲間数人、選挙事務所には人影もなく、
「なんで出たの?立候補せず無投票なら、これだけの選挙にかかる費用が浮いたのに。市民の税金無駄に使って、マニフェストもないくせに駄々っ子みたいなことするなよ。」とブーイングの嵐。
そんななか、現在の市長が、歴代議長の中で最優秀と言わしめた市議候補がやってきました、当社の専務も昔からの参謀で選挙の時はいつも駆り出されているのですがその人が奥様共々走り回っている。
「今回は皆さん問題ないでしょうに、大変ですね」と私がいうと
「いや、選挙は魔物ですから・・・・是非・・・」ってね^^
なんでも無投票なら見過ごされていたが、選挙ともなると、3人ほどが落ちる可能性のある人がいるというのだ。
ん~~となると、あの「お騒がせ御仁」の参戦も無駄ではなかったことになるのかな?
さて、衆議院、国政選挙でございますよ。
今回、国もお騒がせなお人たちが多かったが、どうなるのでしょう。すべては明日決まりますね。
____________________
フランスに住む日本人のための在外選挙投票が出来るようになったのは、
2000年平成12年に行われた第42回衆議院議員総選挙、(第一次森内閣)のときでした。その10年くらい前から在外選挙を行うよう国に働きかけが世界中から起こっていましたので、法案が通過し当時フランス在住の日本人たちは喜んでいました。(私もね^^)
ですが、日本の外務省の海外在留邦人数統計で、2015年平成27年10月1日現在、在外日本人数は、131万7,078人。投票の出来る人が半分として65万人いるはずですが、2012年平成24年12月3日時点で、総務省の在外選挙人名簿登録者数は、たった 10万6156人だそう。
外国に住んでいるから日本の政治はどうでもいい、と言うわけにはいかない時代。また世界を見ていればこその外国在住者は重要な一票になること、大いに考えられるので、日本の議員さんは、もう少しそこに視点を置くと、新しい票につながるかも、また在外有権者は他人事の様に見ていないで、権利を主張するならば、義務を果たしてほしいものだと思います。
ただ、外国に居住する有権者が投票にあたり、居住地から投票所までが遠距離だったり投票用紙が誤った住所に送付されたり、事務手続きが煩雑だったり、郵送に遅延が生じて、無効票になってしまったりと、結構あちこちで問題はあるのです。
フランスでは、外国に在留するフランス人は・・(ごめんなさい、どれほどいるのか把握できていませんが、その中で) 約130万人が在外選挙人名簿に登録しているそうです。日本の13倍です。
そこでフランスでは電子投票を2012年のサルコジ大統領→オランド大統領の時から始めました。在外投票総数の55%を超える24万票以上が電子投票され、
11人のフランス国会議員が直接選出されました。
史上初めて、インターネットが国政選挙における重要な投票手段としての役割を果たした!と大騒ぎでしたが・・・・・今年の2017年6月の選挙の時は、サイバー攻撃の脅威を理由に、同3月に電子投票をしないという法案が通りました。
ですよね~~~ネットなんか絶対的な信用はありませんよね~
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話変わりますが、
フランスで最初の女性国会議員はマルト・シマールさんという女性でした。
1945年昭和20年女性参政権が認められる以前の1943年、アルジェ暫定諮問議会84議席のうち唯一の女性議員だったそうです。
当時は10人だった女性議員、第13立法期では、今まで最多の107人の女性議員がいるそうです。
一方1946年昭和21年日本でも女性参政権が認められましたね。
初の女性代議士の一人となった園田天光光さんって変わったお名前ですね。ヨーグルトを紹介した人で有名ですが、2015年までご健在だったのですって。第22回衆議院選挙で33人が当選したそうですが、あれからん十年、なのに現在もまだ衆議院の女性議員って45人ほどだそう。頑張れ日本女子!
もっと投票が進んで女性の議員さんにも頑張っていただきたいものですね。
そうそう、日本では選挙と言うと不正が取りざたされて、責任を取って折角の議員の席を手放すこともありますが、
フランスでも、不正を疑う知事や候補者は憲法院に審査請求ができ、選挙人も同院に異議申し立てができます。
不正が明らかになると、選挙が無効になるか、もしくは選挙結果が修正されることがあります。ですが、すべての不正が取りざたされるとは限りませんで、
「ある不正」が、【結果を変えるほどの票数を動かす効果】がなければなくてはならず、もし、たいして影響がないと判断されると、「あきらかな不正行為」であっても、
処罰されないのだそうですよ。
え~~っ!!線引き難しそうでですよね。
不正はふせいですよね^^
選挙についての世間話でしたが^^みなさま、投票にはいきましょうね~~~
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参考引用:
在日フランス大使館https://jp.ambafrance.org/article5525
総務省http://www.soumu.go.jp/senkyo/hoho.html
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