フランスの中央に位置する古い地方都市『オーベルニュ地方圏』。
食通のバイブル・ミシュランガイドを出しているあのミシュラン社のある『オーベルニュ』。
ジョルジュ・ポンピドー、ジスカール・デ・スタン、ジャック・シラクと、歴代の大統領を輩出した『オーベルニュ』。
その『オーベルニュ地方』出身のカフェのオーナーは、どうやらお客さんにご馳走になっているようです。
水を入れると白濁する「パスティス」をカウンターに乗せ飲んでいます。
パスティスは、アルコール度数の高いアニス風味の南仏生まれのリキュールです。
ギリシャやトルコの支配で入ってきたとされるアニスは、西洋茴香(ウイキョウ)とも呼ばれる香草で、リキュールなどのお酒やケーキに、時には息の香りを良くするため、そしてまた、消化剤および咳や頭痛を鎮めるためにも用いられています。
パリのカフェで白いカルピスのようなものを飲んでいる人がいたら、このお酒に間違いありません。
オーナーは話し出しました。
「オーベルニュといっても、ひー爺さんがオーベルニュでひー婆さんの故郷はその南隣のアヴェロンなんですよ。パリの人はオーベルニュもアヴェロンも一緒に「中央から来た人」オーベルニュ人といいますが、実際はぜんぜん違うんです」
オーベルニュとアヴェロンの人たちにはその場所と気質の違いをはっきりさせたかったでしょうが、パリジャンからすれば、同じフランスの真ん中辺から来た人たち、とひとくくりにしたのでしょうか。
地域にこだわるのはその地方の人だけなのはどこでも一緒ですね。
実直で頑固などちらかというと閉鎖的なオーベルニュ気質とは違って、開放的なアヴェロン人は、暇さえあれば、自分の椅子を外に持ち出して夕暮れの町で世間話をするのが楽しみだったようです。
アヴェロンからパリに出てきたカフェのオーナーの御かみさん達が、狭い店の前に椅子を出して世間話をしていて、そのうちお客さんに地元から持ってきたワインをサービスする様になったとのこと。
パリのカフェが、ロンドンのパブや、ローマのバールと違ってオープンカフェなのは、そういういきさつもありそうです。
「なんでも先祖はつまり私のひーひーひーひー爺さんくらいですがね。水売りをしてたらしいんですよ。ところがパリの下水道設備が整っちゃうとね、水売りの仕事がなくなっちゃった。それでひーひーひーひー爺さんはお金持ちのアパートへお湯を運んだってわけです」
笑いながらオーナーが語ります。
「えらい古い話だね。しかし5階まで!今みたいにエレヴェーターはないしお湯を運ぶのは大変だったろうね」と、お客さんが感心しています。
私はビールのお変わりをしてオーナーの興味ある話に聞き耳を立てていました。
知らない歴史を知るのはぞくぞくすることです。
オリーブを口にしながら、これも南から来たのよね、と思いめぐらします。
オーナーはパスティスの酔いがまわったのか、昔話を聞いてくれるお客さんが嬉しいのか益々快調に話をつないでいくのです。
「昔は湯沸かし器など無かったですからね。でもってお湯を沸かすのに当然炭がいる。当時は暖房も暖炉でしたから炭屋を始めるんです。ですが、家賃は高いから炭を置く倉庫くらいしか借りられない。この店も最初は5分の一くらいの広さだったそうですよ」
「そりゃ狭いね。ああ、それで外に椅子を並べたってわけかオープンテラスカフェの出来上がりだ」お客さんが笑いましたが、私は感心して聞いていました。
オーベルニュの人たちは出稼ぎでパリに来ていたのです。そして奥さんたちは田舎から旦那さんの暮らすパリに、懐かしいだろう地元のワインとチーズをお土産に持って逢いに来ていたと言うのです。
昔は防腐剤など無いので、持参したワインは急いで飲まなくてはならず、余ったワインをコップ一杯、炭を買いにきた客に最初はサービスで、後には売ることになるのですね。
そしてつまみのチーズを切るのに、地元から持ってきたラギュイヨールのナイフをつかうのでした。
今ではソムリエなら必ず持っているといわれているソムリエナイフの代表格のシャトーラギィヨールもオーベルニュ地方のものなのです。
そういえば主人がパリに入った1970年ごろ、カフェの横で炭を売っているお店を見かけたと言っていました。
カフェは炭屋の兼業、いえ炭屋の兼業がカフェだったのでしょうか。
それが後に炭は環境汚染の原因となり、煤煙で建物が黒くなるというのでパリでの利用が禁止されてしまいます。
そこでカフェだけが残るのですね。
オーベルニュの人はパリに出稼ぎに来て、まずは水を売り、お湯を売り、炭を売り、ワインやチーズを売り、コーヒーもだしてオープンカフェにしていった・・・
うん?まてよ、ではあの子爵や公爵や文化人の通っていた、踊り子でもあり娼婦の居たキャバレー宿から、プロコピオのはじめた明るくゴージャスな鏡張りの『カフェ・プロコープ』はどうなるのかしら?
キャバレーがコーヒーを出したのが始まりだから、パリのカフェは飲み屋のバーのようにお酒が沢山並んでいるのだものね。
疑問はオーナーの続く話で、すぐに解けました。
「政治論を交わす紳士や美しく着飾った奥方様や高級娼婦たちが通った高級なカフェには、普通の人は入れなかったそうですよ。そこでひーひーひー爺さんオーベルニュの仲間たちは炭屋の横でワインだけでなく、コーヒーや他の飲み物や簡単な食べ物やつまみをだしていたら、炭を買いにくるお客さんでいっぱいになったってわけです」
高級なところはサロン風なカフェ。庶民用にはオープンテラスカフェが現れた。
その両方をあわせたものが現代の『パリのカフェ』と言えるのでしょうね。
農業地帯で農繁期を過ぎるとパリに出稼ぎに行かなくてはならなかった中央フランスオーベルニュ地方の人々。
それがいまや、世界に販路のあるボルヴィックミネラルウォーター、ミシュランタイヤの本社、ソムリエナイフの金属工業、山脈や休火山もあり肥沃な土地に湖や牧草地帯が広がっていることで観光業も発達してきて、パリに出稼ぎに行かずとも生活できることで、【パリのカフェのオーナーはオーベルニュ人】という図式もなくなってきたのでしょうか。
オーナーとお客さんはまだ昔話に花が咲いているようでしたが、私と娘は、少しのチップをおいて席を立ちました。
"Merci!Madame et Modemoiselle,a bientot"
オーナーのご機嫌な挨拶に手を振りながら、夕暮れのなかを娘と私は歩きました。
パリの高級なカフェと、庶民のカフェのその生い立ちの違いを一日で探れた気がしました。
カフェの歴史はパリの歴史でもあるのですね。
聞いていないのかと思ったのに、
「面白い話だったね」と娘がつぶやきました。
了
2014年9月28日日曜日
2014年9月20日土曜日
背後湯 by 夢野来人
最近は温泉ブームだったりスーパー銭湯なんてものが大流行りでございますが、ひと昔前は温泉と言えば、若者は見向きもせず、ご老人たちの天下でございました。
温泉にはいろいろな効能があるわけですが、これが肩こり神経痛など、ご老人なら誰しも経験のある痛みを和らげてくれるのも人気のひとつでございます。
また、どこそこの温泉は滝のように落ちてくるところに座って入るだの、ここの温泉は立ったまま入って歩きながら進むだの、挙げ句の果てには湯舟のまわりを一周してから入るのが習わしだなど、その地その地によって変わった温泉の文化というものが栄えていたものでございます。
そんな中でもひときわ怪しげな薫りを漂わせておりましたのが、背後湯と言う名の温泉でございます。どんなことをするのかと言えば、後ろ向きに入るんです。
お湯に入る時も出る時も、風呂場の中を歩く時でさえ、後ろ向きに歩かなければなりません。
なぜ、そんなことをするようになったかと言えば、この温泉には様々な者が来るためでございます。
どこの温泉だって、いろんな人が来るだろう、中には変わった奴だっているさなんて思ってちゃいけません。
この温泉、山奥にあるためか、そんなにいろんな人は来ません。
たった今、いろんなな者が来るって言ったばかりじゃねえかとお思いかもしれませんが、その通りです。いろんな者が来るのは確かです。ただ、人じゃございません。天狗やら妖怪やら、いわゆる物の怪たちに人気の温泉でございます。
中には、瞳を見つめるだけで凍らされちまうなんて髪の長い西洋の女性妖怪まで来るのですが、後ろを向いているので凍らされる心配はありません。
その隣には、長さなら負けないわと首の長さを自慢している日本の女性妖怪もおります。
一つ目しかない坊やとか、目鼻口のない妖怪も、ここ背後湯ならば誰はばかることなくゆったりと温泉を楽しめます。
そんな気味の悪い温泉に人間が行くはずがないとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、何しろこの温泉、効能が魅力的なんです。
その効能とは、寿命が延びるということです。言わば不老長寿の泉とでも申しましょうか。
ほら、あそこで後ろ向きに浸かっている猫なんぞ、毎日来ているそうで、年齢は1000歳を超えたとか。
そんなわけでございまして、お湯に疲れば皆さん気もほぐれてまいります。
たとえ後ろ向きの背中合わせとは言え、話の一つや二つは出てくるものです。
「ヒマラヤの旦那、最近は雪が減ってきて隠れる場所に苦労してるんじゃねえですかい。旦那は毛むくじゃらだし、大きいから目立ちますもんねえ」
ヒマラヤ在住の大男に声をかけたのは、中国から雲に乗ってやって来た猿でございます。
「まったく、こう暖冬が続いちゃ雪が溶けちまっていけねえや。雪が溶けると、この茶色い体毛が発見されやすいだろう。いっそ、真っ白にでも染めちまうかな」
こんなたわいもない話が、あちらこちらから聞こえてまいります。
そんな和やかな雰囲気の中、この温泉には名物の食べ物がございまして、湯舟の中で風呂桶を浮かべながら、その中に入っている食べ物をいただくのが人気です。
これが、なんとかき氷でございます。
湯船の中で暖かいお酒を飲むのがお好きな方もいらっしゃいますが、冷たいかき氷もなかなかオツなものでございます。
ここのかき氷は現在とは違いまして、一種類しかございません。かき氷は赤いやつだけでございます。
お湯の効能は不老長寿ですが、実は、ここのかき氷にも効能があるそうです。なんでも、頭が良くなるそうなんです。知恵が付くともっぱらの噂でございます。
いろんなところから温泉に集まってきて、背中合わせながら、こうして共にかき氷を食べることになろうとは、何たる不思議なご縁でしょう。しかも、知恵まで授かることができるのです。
いつしか、このかき氷は、イチゴいい知恵(一期一会)と呼ばれるようになったそうでございます。
奇怪温泉、背後湯の序でございました。
温泉にはいろいろな効能があるわけですが、これが肩こり神経痛など、ご老人なら誰しも経験のある痛みを和らげてくれるのも人気のひとつでございます。
また、どこそこの温泉は滝のように落ちてくるところに座って入るだの、ここの温泉は立ったまま入って歩きながら進むだの、挙げ句の果てには湯舟のまわりを一周してから入るのが習わしだなど、その地その地によって変わった温泉の文化というものが栄えていたものでございます。
そんな中でもひときわ怪しげな薫りを漂わせておりましたのが、背後湯と言う名の温泉でございます。どんなことをするのかと言えば、後ろ向きに入るんです。
お湯に入る時も出る時も、風呂場の中を歩く時でさえ、後ろ向きに歩かなければなりません。
なぜ、そんなことをするようになったかと言えば、この温泉には様々な者が来るためでございます。
どこの温泉だって、いろんな人が来るだろう、中には変わった奴だっているさなんて思ってちゃいけません。
この温泉、山奥にあるためか、そんなにいろんな人は来ません。
たった今、いろんなな者が来るって言ったばかりじゃねえかとお思いかもしれませんが、その通りです。いろんな者が来るのは確かです。ただ、人じゃございません。天狗やら妖怪やら、いわゆる物の怪たちに人気の温泉でございます。
中には、瞳を見つめるだけで凍らされちまうなんて髪の長い西洋の女性妖怪まで来るのですが、後ろを向いているので凍らされる心配はありません。
その隣には、長さなら負けないわと首の長さを自慢している日本の女性妖怪もおります。
一つ目しかない坊やとか、目鼻口のない妖怪も、ここ背後湯ならば誰はばかることなくゆったりと温泉を楽しめます。
そんな気味の悪い温泉に人間が行くはずがないとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、何しろこの温泉、効能が魅力的なんです。
その効能とは、寿命が延びるということです。言わば不老長寿の泉とでも申しましょうか。
ほら、あそこで後ろ向きに浸かっている猫なんぞ、毎日来ているそうで、年齢は1000歳を超えたとか。
そんなわけでございまして、お湯に疲れば皆さん気もほぐれてまいります。
たとえ後ろ向きの背中合わせとは言え、話の一つや二つは出てくるものです。
「ヒマラヤの旦那、最近は雪が減ってきて隠れる場所に苦労してるんじゃねえですかい。旦那は毛むくじゃらだし、大きいから目立ちますもんねえ」
ヒマラヤ在住の大男に声をかけたのは、中国から雲に乗ってやって来た猿でございます。
「まったく、こう暖冬が続いちゃ雪が溶けちまっていけねえや。雪が溶けると、この茶色い体毛が発見されやすいだろう。いっそ、真っ白にでも染めちまうかな」
こんなたわいもない話が、あちらこちらから聞こえてまいります。
そんな和やかな雰囲気の中、この温泉には名物の食べ物がございまして、湯舟の中で風呂桶を浮かべながら、その中に入っている食べ物をいただくのが人気です。
これが、なんとかき氷でございます。
湯船の中で暖かいお酒を飲むのがお好きな方もいらっしゃいますが、冷たいかき氷もなかなかオツなものでございます。
ここのかき氷は現在とは違いまして、一種類しかございません。かき氷は赤いやつだけでございます。
お湯の効能は不老長寿ですが、実は、ここのかき氷にも効能があるそうです。なんでも、頭が良くなるそうなんです。知恵が付くともっぱらの噂でございます。
いろんなところから温泉に集まってきて、背中合わせながら、こうして共にかき氷を食べることになろうとは、何たる不思議なご縁でしょう。しかも、知恵まで授かることができるのです。
いつしか、このかき氷は、イチゴいい知恵(一期一会)と呼ばれるようになったそうでございます。
奇怪温泉、背後湯の序でございました。
2014年9月6日土曜日
携帯がなった chapter2 by Miruba
みんな言っているんだけれど、君って、レズなんだって?と聞かれ、私は恐らく悪魔でも見るような顔をしていただろう。
「なんですって?!」私の突き刺すような声を聞いてあわてて孝彦が言葉をつないだ。
「判っているよ、幸恵がノーマルなんだってことは。でも、ネットでマリアが騒いでいるぞ、幸恵に裏切られたって、ジャンに幸恵を盗られたんだって」
「冗談よしてよ、孝彦だって知っているでしょう?ジャンとの付き合いのほうがマリアより長いし、第一マリアは同性の友達というだけよ、恋人だなんてとんでもないわ」
「し、知ってるよ、でも、いったん広まった噂は消えないし、ネットで炎上していて、押さえようがない。ジャンに見られ無ければいいけどね」
体が震えてくるのがわかった。なんということ・・・・
ジャンの部屋にあるパソコンは、鍵のかかったロッカーに入れられていて出せない。
当時ニースに一箇所だけあったネットカフェに走った。
炎上のコメントなど、見なければいいのに、恐ろしいのについ見てしまう。
そこにある誹謗と中傷の言葉、賛同と否定の入り混じった言葉の暴力。
目を覆いたいのに、とことん読み進めて昂然と反論する。
「違うわ!私は彼女の恋人ではない。私に女性を愛する趣味はない。彼女の勘違いよ!」
腹が立ってコメントで口を出すと、さらに_同性愛を趣味とは何だ_と炎上に拍車がかかる。説明をすればするほど、書けば書くほど文章のやり取りは、思いとかけ離れていく。
哀れなマリアをその気にさせて別れ話をする風上にも置けない嫌な女だと罵倒され続けた。そのなかに、味方だと思っていた、いつも集まる仲間達のハンドル名も見え隠れした。
私は愕然とした。
孝彦の名前は無かったが、同時に彼は私への援護射撃もしてくれていないのだ。
それはつまりほかの仲間と同じ考えだということに他ならない。
結局私を批判していることと一緒だと思った。
こんなにつらいのに、悲しいのに誰も助けてはくれない・・・
この人たちは誰一人私の仲間なんかじゃなかったんだ。
楽しく交流していたと思っていただけに、落胆は激しかった。
マリアにアクセスをする。
何てことするのだと彼女へ怒りをぶちまけた。
マリアは最初のころこそ泣いて謝ったものの、自分の発する言葉に興奮するのか、私に嫌われたのだから死ぬしかないと、またぞろ言い出した。
腹が立っていたこともあり、また人の心まで斟酌する余裕がなくなっていた私は、
「ああ、どうぞ!そんな死にたければ死んだらいいじゃない。誰もとめないわよ!」と言い放った。
しまった!
私はあわてて、「マリア!」とパソコンに向かって呼びかけたが、もう、二度とマリアからの返事は無かった。
3日後、
マリアがニースの隣カンヌの海に浮かんでいた。
いつもは穏やかなニースの海が、アルプス山脈から吹き降ろされるミストラルによって波は躍らされ雲は疾風のように地中海に向かっていく。
マリアは沖に流され、そして浜に打ち上げられていた。
可哀相なマリア。
私がもう少し真剣に向き合っていれば、救えたかもしれない命。
世界中の誰もが私を非難の目で見ているような気がした。
たった一人私の味方、と望んでいたジャンがつぶやいた言葉。
「運命なのだから仕方がないよ。・・・でも、本当に何も無かったの?」
ジャンの見せるクールさが好きだったはずなのに、その醒めた言い方は私を打ちのめした。
ディプロマ取得を目前に、引き止めるジャンを振り払って日本に逃げ帰ってしまったのだった。
「悪いけれど、ジャンにいまさら会っても仕方が無いわ。孝彦、あなた、彼と会うことがあるのなら、よろしく言ってよ。ううん、私は見つからなかったと伝えて」
孝彦がイタリアに戻ってから一ヶ月が過ぎたころ、兄の会社に私宛の手紙が届いた。
ジャンから受け取った手紙を転送してきたのだった。
「Mon amour SACHIE・・・」
その手紙は僕の愛する幸恵、という言葉から始まっていた。
相変わらず、フランス人独特の読みにくい、でも懐かしい彼の筆跡。
「愛する幸恵、今も元気で暮らしていると孝彦から聞いた。
君がいなくなってどれほど寂しい時間を過ごして来ただろう。
花の春にも、バカンスの夏にも、枯葉の秋にも、灰色の冬にも季節を友にしながら君の事を思い出さない日があっただろうか。
君が僕に逢いたくないといっていると聞いたとき、僕はまた泣いた。
だが、それは僕に与えられた試練であり罰なのだ。
天に召される前に、どうしても君に謝らなくてはいけないことがある。
マリアは、君のせいで自殺したのではない。
僕のせいで死んだといってもいいだろう。
あの日、
君はあわててアパートから出てきた。きっとマリアのところへ行こうとしていたのだろうと思う。
それを、マリアは向かいのカフェから見ていたんだ。
君を刺そうとしていたに違いない。ナイフを隠し持っていた。
なぜ僕がそれを知っているかというと、僕は君とマリアが二人でこっそり逢うのではないかと疑っていて(ごめん、君を疑って本当にごめん)
マリアを付け回し、常に彼女の背後にいたからだ。
カフェから出たマリアを、強引に車に乗せ、ナイフを取り上げて町外れで、・・・強姦した。
それは、君からマリアを引き離す最後の手段だと、僕は当時そう思ってしまったから。
大人しくなったマリアは、ふらふらと車から出て行った。
僕は覚悟を決めていたのだけれど、不思議なことに、捜査段階で僕のことが問題になることはなかった。
君との噂話のせいなのか、あるいはマリアが僕という男の跡を拭い去るために激しく洗浄したためか、
警察が最初から自殺と決めていたからなのか、今となってはわからない。
それを幸いに、僕は黙った。
僕は君に問いただすことも出来ず、かといってじっといしていられないほどのジェラシーでどうにかなっていたと思う。
幸恵、君を誰にも渡したくなかったんだ。
マリアには申し訳ないことをしたと思っている。
でも、神は罪を許してはくれなかった。
君を僕から永遠に取り上げてしまったのだから。
幸恵、逢いたい。心から逢いたい。愛しているよ今でも。
あの夏の日の二人で見た花火は美しかったね。
君が話す日本のお祭りの様子。
フローズンと違うという「かき氷」も、一度食べてみたかった。
愛しい幸恵。
ひと目、君の顔を見たかった。
君の優しい声を聞きたかった。
もう僕の命はかき消えようとしている。
君への愛はこんなにも燃え盛っているというのに。
さようなら、幸恵。Adieuアデュー 」
私は大きく息を吸った。
もう、間に合わないかもしれない。
すでにこの世の人ではないのかもしれない。
でも、それでもいい。
私はジャンに伝えるために、飛行機に飛び乗った。
「ジャン、私もあなたを愛しているわ。」
< FIN >
「なんですって?!」私の突き刺すような声を聞いてあわてて孝彦が言葉をつないだ。
「判っているよ、幸恵がノーマルなんだってことは。でも、ネットでマリアが騒いでいるぞ、幸恵に裏切られたって、ジャンに幸恵を盗られたんだって」
「冗談よしてよ、孝彦だって知っているでしょう?ジャンとの付き合いのほうがマリアより長いし、第一マリアは同性の友達というだけよ、恋人だなんてとんでもないわ」
「し、知ってるよ、でも、いったん広まった噂は消えないし、ネットで炎上していて、押さえようがない。ジャンに見られ無ければいいけどね」
体が震えてくるのがわかった。なんということ・・・・
ジャンの部屋にあるパソコンは、鍵のかかったロッカーに入れられていて出せない。
当時ニースに一箇所だけあったネットカフェに走った。
炎上のコメントなど、見なければいいのに、恐ろしいのについ見てしまう。
そこにある誹謗と中傷の言葉、賛同と否定の入り混じった言葉の暴力。
目を覆いたいのに、とことん読み進めて昂然と反論する。
「違うわ!私は彼女の恋人ではない。私に女性を愛する趣味はない。彼女の勘違いよ!」
腹が立ってコメントで口を出すと、さらに_同性愛を趣味とは何だ_と炎上に拍車がかかる。説明をすればするほど、書けば書くほど文章のやり取りは、思いとかけ離れていく。
哀れなマリアをその気にさせて別れ話をする風上にも置けない嫌な女だと罵倒され続けた。そのなかに、味方だと思っていた、いつも集まる仲間達のハンドル名も見え隠れした。
私は愕然とした。
孝彦の名前は無かったが、同時に彼は私への援護射撃もしてくれていないのだ。
それはつまりほかの仲間と同じ考えだということに他ならない。
結局私を批判していることと一緒だと思った。
こんなにつらいのに、悲しいのに誰も助けてはくれない・・・
この人たちは誰一人私の仲間なんかじゃなかったんだ。
楽しく交流していたと思っていただけに、落胆は激しかった。
マリアにアクセスをする。
何てことするのだと彼女へ怒りをぶちまけた。
マリアは最初のころこそ泣いて謝ったものの、自分の発する言葉に興奮するのか、私に嫌われたのだから死ぬしかないと、またぞろ言い出した。
腹が立っていたこともあり、また人の心まで斟酌する余裕がなくなっていた私は、
「ああ、どうぞ!そんな死にたければ死んだらいいじゃない。誰もとめないわよ!」と言い放った。
しまった!
私はあわてて、「マリア!」とパソコンに向かって呼びかけたが、もう、二度とマリアからの返事は無かった。
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| Photo by Takao |
マリアがニースの隣カンヌの海に浮かんでいた。
いつもは穏やかなニースの海が、アルプス山脈から吹き降ろされるミストラルによって波は躍らされ雲は疾風のように地中海に向かっていく。
マリアは沖に流され、そして浜に打ち上げられていた。
可哀相なマリア。
私がもう少し真剣に向き合っていれば、救えたかもしれない命。
世界中の誰もが私を非難の目で見ているような気がした。
たった一人私の味方、と望んでいたジャンがつぶやいた言葉。
「運命なのだから仕方がないよ。・・・でも、本当に何も無かったの?」
ジャンの見せるクールさが好きだったはずなのに、その醒めた言い方は私を打ちのめした。
ディプロマ取得を目前に、引き止めるジャンを振り払って日本に逃げ帰ってしまったのだった。
「悪いけれど、ジャンにいまさら会っても仕方が無いわ。孝彦、あなた、彼と会うことがあるのなら、よろしく言ってよ。ううん、私は見つからなかったと伝えて」
孝彦がイタリアに戻ってから一ヶ月が過ぎたころ、兄の会社に私宛の手紙が届いた。
ジャンから受け取った手紙を転送してきたのだった。
「Mon amour SACHIE・・・」
その手紙は僕の愛する幸恵、という言葉から始まっていた。
相変わらず、フランス人独特の読みにくい、でも懐かしい彼の筆跡。
「愛する幸恵、今も元気で暮らしていると孝彦から聞いた。
君がいなくなってどれほど寂しい時間を過ごして来ただろう。
花の春にも、バカンスの夏にも、枯葉の秋にも、灰色の冬にも季節を友にしながら君の事を思い出さない日があっただろうか。
君が僕に逢いたくないといっていると聞いたとき、僕はまた泣いた。
だが、それは僕に与えられた試練であり罰なのだ。
天に召される前に、どうしても君に謝らなくてはいけないことがある。
マリアは、君のせいで自殺したのではない。
僕のせいで死んだといってもいいだろう。
あの日、
君はあわててアパートから出てきた。きっとマリアのところへ行こうとしていたのだろうと思う。
それを、マリアは向かいのカフェから見ていたんだ。
君を刺そうとしていたに違いない。ナイフを隠し持っていた。
なぜ僕がそれを知っているかというと、僕は君とマリアが二人でこっそり逢うのではないかと疑っていて(ごめん、君を疑って本当にごめん)
マリアを付け回し、常に彼女の背後にいたからだ。
カフェから出たマリアを、強引に車に乗せ、ナイフを取り上げて町外れで、・・・強姦した。
それは、君からマリアを引き離す最後の手段だと、僕は当時そう思ってしまったから。
大人しくなったマリアは、ふらふらと車から出て行った。
僕は覚悟を決めていたのだけれど、不思議なことに、捜査段階で僕のことが問題になることはなかった。
君との噂話のせいなのか、あるいはマリアが僕という男の跡を拭い去るために激しく洗浄したためか、
警察が最初から自殺と決めていたからなのか、今となってはわからない。
それを幸いに、僕は黙った。
僕は君に問いただすことも出来ず、かといってじっといしていられないほどのジェラシーでどうにかなっていたと思う。
幸恵、君を誰にも渡したくなかったんだ。
マリアには申し訳ないことをしたと思っている。
でも、神は罪を許してはくれなかった。
君を僕から永遠に取り上げてしまったのだから。
幸恵、逢いたい。心から逢いたい。愛しているよ今でも。
あの夏の日の二人で見た花火は美しかったね。
君が話す日本のお祭りの様子。
フローズンと違うという「かき氷」も、一度食べてみたかった。
愛しい幸恵。
ひと目、君の顔を見たかった。
君の優しい声を聞きたかった。
もう僕の命はかき消えようとしている。
君への愛はこんなにも燃え盛っているというのに。
さようなら、幸恵。Adieuアデュー 」
私は大きく息を吸った。
もう、間に合わないかもしれない。
すでにこの世の人ではないのかもしれない。
でも、それでもいい。
私はジャンに伝えるために、飛行機に飛び乗った。
「ジャン、私もあなたを愛しているわ。」
< FIN >
2014年8月30日土曜日
携帯がなった chapter 1 by Miruba
携帯の音にビクッとした。
マナーモードにしてはあるのだが、テーブルの上におかれた携帯は、思いのほか大きな音でその存在を主張する。
「おい幸恵、ムラカミタカヒコって知っているか?」
受話器の向こうから音が漏れそうなほど大きな声で、兄の慶介が聞いてきた。
私は周りの仕事仲間の迷惑になら無い様、椅子から離れ廊下に出る。
今にも降りそうな灰色の雲が非常階段の窓から見えた。
「うん、同じ人かどうかわからないけれど一人知っているわ」
「そうか、何でもお前を探しているらしい。」
私はネットで酷い目に遭ったことがあり今は一切インターネットはやらないが、兄が仕事関係でも使っている本名登録のF&BというSNSサイトで、あるメッセージを受け取ったというのだ。
_こんにちは、突然失礼します。
あなた様のフルネームとプロフィールのお写真が似ていることから、探し人のお尋ねです。
慶介さんには、幸恵さんという妹さんかお姉さんはいらっしゃいませんか。
幸恵さんに、KEISUKEさんという名前の男兄弟がいると昔聞いたことがあるのです。
僕は幸恵さんと学生の頃フランス、ニース大学で同じクラスだった邑上孝彦といいます。
現在イタリアのジェノバに住んでいます。僕の名前を伝えて、幸恵さんが知らないと言ったら、この事は忘れてください。
もし、連絡が付くようなら、一度お話がしたいのです。僕の自宅電話番号は○○○○・・・です_
慣れない外国暮らしで、同じ日本人同士助け合ってきた友人の一人だった、懐かしくないわけが無い。
だが、確実に本人かどうかまだわからない。それに、本当に私はムラカミタカヒコに会いたいのだろうか・・・
それでも兄に連絡係をしてもらい、1週間後日本へ一時帰国するという孝彦と、兄を伴なって会ってみることにした。
横浜に住む兄と合流して品川の駅ビルの中にある待ち合わせ場所のジャズバーへ入った。
この店ではミニライブがあり、料理も美味しく値段も手ごろなのが嬉しい。
黒服のウエイターの背後から顔を出した孝彦は、センスの良いイタリアンなスーツで現れた。
いつもヨレヨレのジーンズにダウンのベストを着ていたあの彼が、こうも変身するものか。
今は日本人向けのイタリア語の先生をしているという。何でフランスの大学に行ってイタリア語?
_巻き舌が得意だったから_という理由で大学に入りなおしたという。「昔から変わっていたからね」と言うと「お互い様」と、答えが返ってきた。
ひとしきり弾んだ話が落ち着いたころ、孝彦が妙に沈んだ声で「今、尋ねてもいいかな?」と、きりだした。
「実はね、ジャンに、幸恵を探してくれないかと頼まれたんだ。嫌ならもちろん、会ったことは言わないよ」
先ほどから、私たちの話にあまり入れず所在無げだった兄に向かって言った。
「兄さん、ジャンはね。私の大切な人だったの」
孝彦を昔の私の恋人と勘違いしていたらしい兄は、少し驚いた顔をした。
「ジャンは病気でね、もう長くないそうだ。」孝彦が続ける。
兄には話さなかったが、私はニース大学在学中、ジャンという男と一緒に暮らしていたことがある。
孝彦に会おうと思ったのは、もちろん学生時代の思い出が懐かしいということはあるが、ジャンの噂話が少しは出るかもという期待がどこかにあったのだと思う。
ニース大学では、外国人向けの語学クラスがあった。
ここで試験が通らないとディプロマがもらえず、何のために留学しているかわからないので三年の私はあせっていた。
とにかくフランス語を言葉にしようと学生はと見るとやたら話しかけていた。
次年度担当の先生だと知らず、構内を歩いていたジャンにも親しげに話しかけた。
それが彼との出会いだった。
私達が先生と生徒の境を越え親しくなるのに時間はかからなかった。
彼の部屋は広かったので私はボストンバックひとつで転がり込んだ。
ジャンはやさしかったし、そして同時にどこか冷めた雰囲気も持ち合わせていた。
時に一人になりたがる私には、個々を尊重する彼が魅力的だった。
一緒に食事を作り、交代で掃除や洗濯をする。
夕方には必ずニースの海岸を散歩して二人の時間を楽しんだ。
夏には、カキ氷のようなクラッシュした氷にシロップをかけたフローズンアイスを二人で食べたり、冬には、マロンショーという焼き栗を買って食べたりしながら海岸沿いのアベニューデザングレを散歩した。
そして、一方でお互い何日も話さないでいられるほど自由な時間も沢山あり、それが二人の関係を不動にしていた。
週末にはクラスの仲間を呼んでパーティーをした。ジャンも時には参加してくれた。
またジャンの仲間のパーティーにも、出来ないフランス語を必死で使って何とか付き合ったものだ。
観光地ニースでは週末になると花火が上がる。
孝彦やベルギー人のヘンリ、スペイン人のカルロスなど親しくしていた仲間達とワインで乾杯だ。
日本人とアメリカ人のハーフだという2つ年下のマリアはことのほか私を慕ってくれた。
半年ほどたったころだろうか。
マリアの様子に少しだけ変化を感じるようになった。
頻繁に電話をかけてくるようになったのだ。話は他愛もない世間話。
最初はジャンに用があるのかと思ったくらいだ。
ジャンが長電話を嫌がるので、インターネットのメッセンジャーで話すことにしたのだが、それも日に日に長い時間拘束される様になった。
今にして思う。
なぜ断れなかったのか。
どうして、ずるずると時間を引き延ばしたのか。
思いやりか。親切な感情か。客観性に欠けていたのか。
若さゆえ避けるすべを知らかったからか。
いや、たとえ今であっても断りきれない気がする。
マリアは私を愛しているというのだ。
もう恋人だわ、と決め付ける。
その思いは幻想であり勘違いだといっても言うことを聞かず、私がなにかと優しくしたことは、マリアへの愛だったと彼女は言い張る。
同じ仲間として接しただけで、恋というのではない、と答えると。
自分をその気にさせたのはいったい誰だと私を責める。
メールで好きだといったじゃないかと迫る。
確かに友人として好きだとは書いたが、それはマリアが自分を好きか嫌いか?と質問してきたからその返事をしただけで、もちろん「恋人」という意味ではない。
言った言わないの応酬が永遠とむなしく続く。
私の愛が得られないのなら自殺するという。もうめちゃくちゃだった。
メッセンジャーの向こうで、今薬を飲んだとか、酒を浴びるほど飲んだとか、手首を切ってみたとか言い出し始めて、私はますます追い込まれていた。
話を止めたら死なれてしまう。
私は彼女の自殺を止めるのに必死だった。
私のせいだと、書置きをして死んでやる。と脅迫してきたこともある。
もし死なれたりしたら、こんな後味の悪いことがあるだろうか。
だから、マリアの心が落ち着くまで、いつまでも話を繋ぐしかなかったのだ。
1時間2時間5時間7時間と、パソコンの前に縛り付けられた。
何日もそんなことが続き、疲れ果て、落ち込み、苦悩する私。
流石にジャンはそんな私の異常に気がつき、パソコンを取り上げてしまった。
マリアはどうしただろうか。
私が無視をしていると思っただろうか。
気がきではなかったが、ジャンの怒りが嫌で、パソコンには触れないでいた。
いや・・・
いや、そうじゃない。
ジャンの怒りだけが私をネットから遠ざけた理由ではない。
学校にもすっかり出てこなくなったマリアの呪縛から逃れられて、心底ほっとしていただけなのだ。
だが、事態は私の知らないところで少しずつ悪いほうに進んでいた。
孝彦が講義の後私を呼んで言った。
「幸恵、君ってレズなんだって?」
私はグラグラめまいがするほど血の気が引いた。
ジャンの顔が浮かんで消えた。
<つづく>
マナーモードにしてはあるのだが、テーブルの上におかれた携帯は、思いのほか大きな音でその存在を主張する。
「おい幸恵、ムラカミタカヒコって知っているか?」
受話器の向こうから音が漏れそうなほど大きな声で、兄の慶介が聞いてきた。
私は周りの仕事仲間の迷惑になら無い様、椅子から離れ廊下に出る。
今にも降りそうな灰色の雲が非常階段の窓から見えた。
「うん、同じ人かどうかわからないけれど一人知っているわ」
「そうか、何でもお前を探しているらしい。」
私はネットで酷い目に遭ったことがあり今は一切インターネットはやらないが、兄が仕事関係でも使っている本名登録のF&BというSNSサイトで、あるメッセージを受け取ったというのだ。
_こんにちは、突然失礼します。
あなた様のフルネームとプロフィールのお写真が似ていることから、探し人のお尋ねです。
慶介さんには、幸恵さんという妹さんかお姉さんはいらっしゃいませんか。
幸恵さんに、KEISUKEさんという名前の男兄弟がいると昔聞いたことがあるのです。
僕は幸恵さんと学生の頃フランス、ニース大学で同じクラスだった邑上孝彦といいます。
現在イタリアのジェノバに住んでいます。僕の名前を伝えて、幸恵さんが知らないと言ったら、この事は忘れてください。
もし、連絡が付くようなら、一度お話がしたいのです。僕の自宅電話番号は○○○○・・・です_
慣れない外国暮らしで、同じ日本人同士助け合ってきた友人の一人だった、懐かしくないわけが無い。
だが、確実に本人かどうかまだわからない。それに、本当に私はムラカミタカヒコに会いたいのだろうか・・・
それでも兄に連絡係をしてもらい、1週間後日本へ一時帰国するという孝彦と、兄を伴なって会ってみることにした。
横浜に住む兄と合流して品川の駅ビルの中にある待ち合わせ場所のジャズバーへ入った。
この店ではミニライブがあり、料理も美味しく値段も手ごろなのが嬉しい。
黒服のウエイターの背後から顔を出した孝彦は、センスの良いイタリアンなスーツで現れた。
いつもヨレヨレのジーンズにダウンのベストを着ていたあの彼が、こうも変身するものか。
今は日本人向けのイタリア語の先生をしているという。何でフランスの大学に行ってイタリア語?
_巻き舌が得意だったから_という理由で大学に入りなおしたという。「昔から変わっていたからね」と言うと「お互い様」と、答えが返ってきた。
ひとしきり弾んだ話が落ち着いたころ、孝彦が妙に沈んだ声で「今、尋ねてもいいかな?」と、きりだした。
「実はね、ジャンに、幸恵を探してくれないかと頼まれたんだ。嫌ならもちろん、会ったことは言わないよ」
先ほどから、私たちの話にあまり入れず所在無げだった兄に向かって言った。
「兄さん、ジャンはね。私の大切な人だったの」
孝彦を昔の私の恋人と勘違いしていたらしい兄は、少し驚いた顔をした。
「ジャンは病気でね、もう長くないそうだ。」孝彦が続ける。
兄には話さなかったが、私はニース大学在学中、ジャンという男と一緒に暮らしていたことがある。
孝彦に会おうと思ったのは、もちろん学生時代の思い出が懐かしいということはあるが、ジャンの噂話が少しは出るかもという期待がどこかにあったのだと思う。
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| photo by TAKAO |
ここで試験が通らないとディプロマがもらえず、何のために留学しているかわからないので三年の私はあせっていた。
とにかくフランス語を言葉にしようと学生はと見るとやたら話しかけていた。
次年度担当の先生だと知らず、構内を歩いていたジャンにも親しげに話しかけた。
それが彼との出会いだった。
私達が先生と生徒の境を越え親しくなるのに時間はかからなかった。
彼の部屋は広かったので私はボストンバックひとつで転がり込んだ。
ジャンはやさしかったし、そして同時にどこか冷めた雰囲気も持ち合わせていた。
時に一人になりたがる私には、個々を尊重する彼が魅力的だった。
一緒に食事を作り、交代で掃除や洗濯をする。
夕方には必ずニースの海岸を散歩して二人の時間を楽しんだ。
夏には、カキ氷のようなクラッシュした氷にシロップをかけたフローズンアイスを二人で食べたり、冬には、マロンショーという焼き栗を買って食べたりしながら海岸沿いのアベニューデザングレを散歩した。
そして、一方でお互い何日も話さないでいられるほど自由な時間も沢山あり、それが二人の関係を不動にしていた。
週末にはクラスの仲間を呼んでパーティーをした。ジャンも時には参加してくれた。
またジャンの仲間のパーティーにも、出来ないフランス語を必死で使って何とか付き合ったものだ。
観光地ニースでは週末になると花火が上がる。
孝彦やベルギー人のヘンリ、スペイン人のカルロスなど親しくしていた仲間達とワインで乾杯だ。
日本人とアメリカ人のハーフだという2つ年下のマリアはことのほか私を慕ってくれた。
半年ほどたったころだろうか。
マリアの様子に少しだけ変化を感じるようになった。
頻繁に電話をかけてくるようになったのだ。話は他愛もない世間話。
最初はジャンに用があるのかと思ったくらいだ。
ジャンが長電話を嫌がるので、インターネットのメッセンジャーで話すことにしたのだが、それも日に日に長い時間拘束される様になった。
今にして思う。
なぜ断れなかったのか。
どうして、ずるずると時間を引き延ばしたのか。
思いやりか。親切な感情か。客観性に欠けていたのか。
若さゆえ避けるすべを知らかったからか。
いや、たとえ今であっても断りきれない気がする。
マリアは私を愛しているというのだ。
もう恋人だわ、と決め付ける。
その思いは幻想であり勘違いだといっても言うことを聞かず、私がなにかと優しくしたことは、マリアへの愛だったと彼女は言い張る。
同じ仲間として接しただけで、恋というのではない、と答えると。
自分をその気にさせたのはいったい誰だと私を責める。
メールで好きだといったじゃないかと迫る。
確かに友人として好きだとは書いたが、それはマリアが自分を好きか嫌いか?と質問してきたからその返事をしただけで、もちろん「恋人」という意味ではない。
言った言わないの応酬が永遠とむなしく続く。
私の愛が得られないのなら自殺するという。もうめちゃくちゃだった。
メッセンジャーの向こうで、今薬を飲んだとか、酒を浴びるほど飲んだとか、手首を切ってみたとか言い出し始めて、私はますます追い込まれていた。
話を止めたら死なれてしまう。
私は彼女の自殺を止めるのに必死だった。
私のせいだと、書置きをして死んでやる。と脅迫してきたこともある。
もし死なれたりしたら、こんな後味の悪いことがあるだろうか。
だから、マリアの心が落ち着くまで、いつまでも話を繋ぐしかなかったのだ。
1時間2時間5時間7時間と、パソコンの前に縛り付けられた。
何日もそんなことが続き、疲れ果て、落ち込み、苦悩する私。
流石にジャンはそんな私の異常に気がつき、パソコンを取り上げてしまった。
マリアはどうしただろうか。
私が無視をしていると思っただろうか。
気がきではなかったが、ジャンの怒りが嫌で、パソコンには触れないでいた。
いや・・・
いや、そうじゃない。
ジャンの怒りだけが私をネットから遠ざけた理由ではない。
学校にもすっかり出てこなくなったマリアの呪縛から逃れられて、心底ほっとしていただけなのだ。
だが、事態は私の知らないところで少しずつ悪いほうに進んでいた。
孝彦が講義の後私を呼んで言った。
「幸恵、君ってレズなんだって?」
私はグラグラめまいがするほど血の気が引いた。
ジャンの顔が浮かんで消えた。
<つづく>
2013年12月21日土曜日
多寡先警部補の事件簿 ~原ヶ島殺人事件~7 by 響 次郎
見晴地区
(1)
『原ヶ島501、「は」の106-84』のナンバーを付けた車が、美晴台を走っていた。山田が乗るメルデセスベンシ1250であった。浜口が生きていた頃、現在(いま)から数年前に、ナンバーにお互いの頭文字を入れようと決めた。よって、山田の愛車に『は』が、浜口のクルマに『や』が付く事になったのである。その愛車のシートも、泥や汗などにまみれている。
美晴台地区の交差点に、信号は(ほぼ)無かった。それは、「ランナバウト」と言って、円形のロータリーみたいな場所へ車が侵入し、各自が一時停止などしながら、通り抜けるというシステムだ。これだと、信号機が必要ない。あるのは看板だけだ。
海外では、オーストラリアなどに導入されているほか、日本国内でも試験的に導入されたことがある。
幾つかのランナバウトを過ぎて、唯一の交差点で停まった。赤信号になったのだ。青になって車は発進し、住宅街から外れた場所で止まった。まるで車も運転者も、電池が切れたような感じに見えた。遠くの沖合に漁船が見える。みかんの木が有れば、『みかんの花咲く丘』の歌を彷彿(ほうふつ)とさせる。宅地が造成中の、森林の多い場所だった。
七月九日の午後を暫く過ぎた頃である。
(2)
多コンビのパトカーは、赤色灯だけを光らせながら、『そよ風荘』脇の駐車場に止まった。すぐに白いオープンカーが目に入った。
手帳を取り出し、急いで傍らに回り込み、ナンバーを確認する。「原ヶ島502、「や」104-68」で間違いがなかった。
『鑑識の代わりもやってくれ。スマホのカメラだと画素が足らないが、機動性を重視するためだ。仕方ない』
現実の世界はどうか判らないが、多寡先たちの勤める警視庁は、ポラロイドおよび一眼レフで撮影した物しか正式には認められなかった。これについては別途、書類を提出する事になる。
「血痕などは見当たりませんね」
『あぁ。車から離れて殺害に及んだんだろう。車に(わざわざ)血痕を残す馬鹿はいないからな』
と、多寡先が、赤色灯を消し、パトカーに施錠しながら多井に言った。
辺りが苔に覆われ、猛暑は若干涼しいであろう(推定)その建物を観察すると、左手にブロック塀の途切れた箇所があり、出入り口は他に無さそうだった。念のため、可能な限り回り込んでみたが、やはりそこから出入りするしか無いようだ。
「ここの合宿所に、彼ら二人の事を証言してくれる人がいますかね?」
警察手帳を準備している多井の疑問を打ち消すように、
『とにかく、入ってみよう』
と、多寡先は建物の中に促した。
(3)
玄関を入ると、左手に管理人室が有った。一方間違えれば、恐怖系の脱出ゲームになりそうな、そんな内部であった。
多寡先が管理人室の奥に通じる扉をノックし、一階を通る声で言った。『警察です。突然ですが、お話を伺わせて下さい』
「あ。はい」
扉が開くと、ハリーポッターを中年男にしたような(笑)、というか、幅広い男性が現れた
『失礼します。貴方がここ、「そよ風荘」の管理人のかたですか?』
警察手帳を見せると、男は首を横に往復させた。どうやら管理人(海沢うめ)は、今、昼寝している最中だという。
「自分が、警視庁に最初に連絡しました」
管理人室から奥(食堂と、台所、一人用のトイレ、おばちゃんが寝てる居間)に通じる扉が開かれ、玄関や廊下を含めた空間は、一気に明るくなった。多寡先は「恐怖系の脱出ゲームになりそう」と云った固定観念に、思わず心の中で苦笑した。多寡先は、多井と、ひそひそ話のレベルでこう言った。
『管理人さん、どうするかな。寝ているようだし……』
「逃亡の恐れは無さそうだから、最後で大丈夫でしょう」
『そうだな』
仲間もまだ二階に要ると言うので、金田二を先頭に、多寡先、多井の順に上がる事になった。LEDの代わりに、上階の一灯の白熱電球だけが、ここでのメイン照明だった。そう言えば、階段下にも(株)芝々電機の白熱灯がダンボールの他に単体で転がっている。
(4)
六部屋ある二階のうち、片側の一番手前に彼らは集まっていた。普段から、集会所的な使われ方をしているという。様々な物体を、多寡先を含めた皆で片付け、煎餅(せんべい)座布団を敷いて、話を聴く事になった。
『なるほど。昨夜の午後七時五十五分過ぎに、彼らが車で出て行ったと言うんだね?』
「そうです」と、会話を受けたのは金田二だ。
『日常的に喧嘩があり、夜に出て行く時、話し合いの後、翌朝、夕雅浜から戻って来る……』
多寡先に続けて多井も補足する。「それが、普通というか、普段の行動だったと」
今度はそれに、井原と金田二が頷き、林が「そうです」と言った。
『何故、昨夜は突然出ていって、今回だけ戻らなかったんだろう?』
「二人は日常的に喧嘩をしていたと言いますが、心当たりとか、ありますか?」
多寡先が探偵役で、多井が話を発展させる役割に分かれている。
「実は、彼らの間にお金のやり取りが在ったと聞いています」と林。
他の二人、井原と金田二が、意外そうな顔をした。多寡先の眼光が鋭くなった。
「(話を)続けて下さい」と、多井。
ここから暫くは、林と多井、それに多寡先のやり取りになる。
「二人のうち、浜口さんが、山田さんからお金を借りていました。浜口さんが仕事の資金繰りに困り--燃料代とか、網の修理にかかるものですから--、全部で千二百五十万くらいだったかな? それを借りて、山田さんに分割で払ってたみたいです」
『二人は、漁師だったね?』
「はい」と林。
『山田の方が、裕福だったのかな?』
「そんな風に見えましたね」
『今までにも、二人に目立ったトラブルはあったかね?』
「それは……。いつもは喧嘩しても、翌朝にはケロッとしていたので、まさか、今回のような事が起こるとは思わなくて」
再び、多井が催促する。多寡先は手帳を取り出して記録する。
「それで……?」
「それで。ある時、四百万円返済した所で、どうしても返せなくなって、それだったら『借金のカタ--というと、表現が可笑しいかもしれませんが--奥さん、浜口の奥さんをカタにするという契約を交わした』そうです」
『それで、山田はその、原口の妻と寝たのかな?』
「そうらしいです。一度だけだったみたいですけれど」
多寡先が多井の方を向いて、
『どうやら、その辺に、核心があるようだな』と、呟いた。
多寡先は他の三人の方を向いて言った。
『それと関係が有るかどうか分からないが、実は今朝、殺人事件が起きてね』と。林ら三人の顔色が変わる。多井が遺体の写真プリントを取り出しながら、「もしも、気分の悪い方は、ご覧にならなくて結構ですが」と言うと、林と金田二がプリントを覗き込んだ。
『夕雅浜で、今朝、七時四十一分に見つかったものですよ』
多寡先が手書きで、現地の図を描いて示した。
多井が、三人のメンバーに尋ねる。
「この写真と、昨夜出かけて行った二人が結びつくような共通点は在りますか?」
無ければ、事件は振り出しに戻ってしまう。新たな材料を探して、ゼロから捜査を開始しなければならなかった。
「浜口だ」
最初に反応したのは金田二だった。次に林も言った。
「昨日、これと同じ服を着ていたから、間違いないよ。背丈もそのぐらいだ」
「この建物に隣接する駐車場に、白のスポーツカーが停まっていました。ナンバーは『原ヶ島502、「や」の104-68』。車種は『かふぇらて』です」
タイヤ痕のプリントを交えながら、多井が三人に確認する。井原は青い顔色のままだったが、浜口の車という意見で間違いなかった。
『しかしなぜ、死んだ浜口の車がここに置かれているんだろう……』
多寡先の呟きに、林が反応して、
「もしかすると。犯人が山田さんだとして、夜中にここに来て、自分の車に乗り換えたのかもしれません」
状況証拠でしか無いが、その線を当たってみる他にはないようだった。
「その車のナンバーを教えて頂けますか?」と多井。
同時に、被疑者と思われる山田が、この島内で立ち寄ると思われる場所をリストアップした。最終的には「峰崎」と別荘があるという「美晴台」が候補に残った。
管理人の海沢には、話を聴く必要はなくなった。
予備のパトカーで、山田を追う。
ハンドルを握りながら、『君は、どっちに居る可能性が高いと思うかね?』
「そうですね。峰崎でダイビングして(そのまま)身を隠したり、沖に単独で出る、あるいは投身自殺ってのも考えにくいですね……」
『美晴台かな?』
「恐らく、そうでしょうね。何処かを逃げまわっているのではないかと」
事件の解決に導かれるように、パトカーはサイレンと赤色灯で緊急性をアピールしながら、美晴台の坂道を登って行った。七月九日の午後四時四十五分の事だった。
エピローグ
(1)
時刻は戻り、同じ日の正午。七月九日正午のこと。
現場のZX組から半径三百メートルほどの距離に、とある特殊車両が到着した。陸上自衛隊のハイパースーパー(略)。エレファントこと花咲を乗せた機動装甲車であった。
「こっちは、あすなろ署の『花咲署長』を要求する! 早くしろ!」
事務所役の人間が黒サングラスを光らせて叫ぶ。
「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい☆」
ルイちゃんが、色気のある声で言った。ピンクのフリルではなかった。
「ああ。お手柔らかに頼むよ。。。」と花咲。
あすなろ署には、胃薬が常備してあった。今日に限って、それが切れていた。花咲を含めた全員が、シナリオ通りに配置へとついた。若干、救急車が多い。
「もう待てん。限界だ! ZX組をナメるなよ!」
花咲がその事務所にたどり着く前に、銃弾が放たれた。
ズギューーン! という音ではなくて、パアンと乾いた音だった。
七月九日の午後十二時十分、花咲署長は倒れた。銃弾による負傷で無く、失神によって。もちろん、万全を期して防弾チョッキは着けている。
ルイちゃんが「任務完了」と、ニヤっと笑って言った。
どさくさ紛れに、救急車がエレファント花咲を乗せ、どこかへ運び去った。
その後は、駆け付けたマスコミや野次馬などで、夜まで混乱は収まらなかった。
(2)
多寡先と多井を乗せたパトカーは、交差点のランナバウトが特徴的な美晴台を走っていた。「迷路のような場所ですねぇ」と多井。『全くだよ』と、多寡先もウンザリしていた。ここの別荘やら住宅を(一軒一軒)当たっていたら、解決には程遠いだろう……。
信号のある交差点で停まった時、夕食の後、涼んでいた主婦に声をかけられた。
「お巡りさんね。ちょっと話を聞いて下さい」
詳しく話を聞くと、この辺りの住人(別荘なども含む)は、信号機で停まらないという。ほとんどの人が、信号機の在る交差点を回避して、ランナバウト経由で、島内を走るというのだ。どっちの方に向かったか、多井が(嬉しそうに)聞いた。
メルデセスベンシ1250が進んで行った方向に、住宅の造成地があった。辺りはかなり暗い。良く見ると、森のような間を、獣道が走っている。多寡先警部補と多井刑事は、造成中の脇にパトカーを停めた。赤色灯だけがせわしく、闇夜を切り裂き続けている。その細い道の遥か向こうには、屋根などが荒れ果てた建物が見える。『行こう……』
彼らは、その細い道を、慎重に進んで行った。
犯人の山田 侃は、メッキ加工工場に侵入していた。七月九日午後六時ちょうど。
工場は無人になっていた。いや、工場というには規模が小さく、コウバと言った方がピッタリする。山田の目的は、青酸カリ(シアン化カリウム)を盗む事であった。勿論、気化あるいは液化したのを体内に取り込めば、一秒と持たないだろう。暗がりを物色していると、試作品という木箱が目に入った。傍らの軍手を嵌(は)めて開けると、カプセル状や細長い形のものが出てきた。その中から、カプセル状のを取る。これを飲めば、死ねる……。
そう思った瞬間、眩(まばゆ)い光が山田を照らした。警視庁刑事部捜査一課の多寡先警部補や多井刑事が立っていた。
『無駄な抵抗は止めるんだ!』
多寡先が、オーバーに手を広げて怒鳴った。多井が山田の真後ろに回り込む。山田は(それに)気づかない。『話し合おうじゃないか』「話し合う? 何を馬鹿な事をっ!」
山田が向きを変えようとした。次の瞬間!
多井が両手を組み、思いっきり山田に向かって振り下ろした。脳震盪(のうしんとう)を食らって、山田が倒れる。
『被疑者、確保!』と多寡先が叫んだ。
七月九日午後六時十七分の事だった。
【完】
- 参考文献など -
Wikipedia日本語版
拙作:花咲・多寡先・多井シリーズ『謎のDMは太るぞ』
『解剖学はおもしろい』(上野 正彦)
『鉄道員裏物語』(大井 良)
『ライアーゲーム』(甲斐谷 忍) ほか
2013年12月14日土曜日
多寡先警部補の事件簿 ~原ヶ島殺人事件~6 by 響 次郎
出来レース事件
(1)
大石巡査と多寡先警部補、多井刑事らの合同捜査班が、駐在所でひと息ついていた頃、同僚(以降、デジタルカメラで主に撮影していたのを画<かく>巡査、もう一人を帯巡査)二人の現場で、騒ぎが起きていた。
峰崎から続く大小含めた破片で怪我をしただの、夕雅浜で異臭がする等といった苦情である。
中には「おかしい!」と、あからさまな反応をする人も居て、両巡査に詳細な説明を求める者もいた。また、件の「危険」看板を乗り越えて、犬の散歩に見せかけ、窪みの中を覗き込もうとする者まで現れた。当然ながら、そうした事態を、本庁である警視庁も把握していた。トップに近い者らで黒会議を開いたように、警視庁全体が、その問題を(一応は)認識していたように思われる。
もう、死体が発見されるのも時間の問題だろうと思われた、七月九日午前十時十五分。新宿区で事件が起こった。
(2)
ZX組の事務所に、一発の銃弾が打ち込まれたという物だった。ここまでは、(黒会議の面々も想定した)シナリオ通りだったが、その威力が強すぎた。防弾ガラスに(銃弾が通った)丸い穴が空く代わりに、その窓一面が割れてしまったのだ。黒会議の連中も、それには慌てた。
もしかすると、負傷者一名では済まない。更には、会議中のチャット内容が漏れた、ハッキングの可能性すらある。
一見チャラそうなCに、Dがすぐに詳細を報告するよう指示し、全ての庁内コンピュータのバックログ(履歴)を参照する事にした。それには、木崎刑事が役に立った。さすがは、特殊情報課(特情)である。彼らの部署は、コンピュータやネットに詳しい。警視庁に勤めていなければ、情報処理技術者で通ってても、おかしくはない。
特情課十名の努力により、シナリオ通りに行かなかった「犯人」はすぐに突き止められた。重役警官Jの存在である。Jは、先の黒会議に参加させて貰えなかった為に、離反を起こし、部下に命じて、前もって用意した(威力の高い)武器と、シナリオ通りに使用すべき武器(丸い穴が空く程度)をすり替えた。結果、あのような予想し得ない状態になったという事だった。最初はZX組やYZ組のどちらも、その「犯人」を信じなかったが、Jを連絡役のXY組に引き渡す事で、何とか事件の最初の局面で解決した。局面の悪化という(最悪の)事態は避けられた。後は、黒メンバーの描いた通りに、事件は進むであろう。
Jとその末端までの部下は、命が無いか、もしくは身を縮める思いをすることだろう。重役警官という階級は、そういう階級なのである。動かす(動かせる)物が大きければ、リターンで戻ってくる甘い蜜も大きい。しかし、そのリスクも恐ろしいほど大きい。ゴルゴ13が、背後にピッタリくっついている、と例えれば、その人生は想像出来るのではないか。
(3)
新宿区には、昼にもかかわらずパトカーが十四台と、火事や防災訓練でも無いのに、消防車六台が用意された。それらは、例のZX組事務所の周辺に配備されている。妙な素早さで非常線が張られ、交通規制や検問が一帯に敷かれた。機動隊だけは七十五名が新宿区に入れたものの、残る二百名は豊島区やら渋谷区辺りで、上官の指示待ち待機という状態である。後は『負傷者一名』を用意するだけとなった。
負傷者を用意するという直前が、七月九日の午前十一時五十七分である。この事件は昼食の時間帯と重なったので、大変な騒ぎになった。マスコミ等のヘリも、誘蛾灯(別に夕雅浜とかけてる訳では無い)に吸い寄せられる虫のように、都内に集結して来た。黒メンバーが呼んでもいない救急車までが出動し、新聞の号外が東京駅など、繁華街で配られる規模になった。
当然ながら、このニュースは(新宿区事件の元凶である)原ヶ島にも、直ちに伝えられ広められた。
(4)
夕雅浜で、警官二名が「疑惑」と格闘しつつある時に、原ヶ島通信社の車が現場を通りかかって、彼らの前で停まった。手には、号外! とある。新宿区の上空から撮影したらしく、パトカーやら消防車が集まる、物々しい俯瞰(ふかん)写真やら、不安そうな顔で組事務所の付近に集まった人垣(半分近くは、黒メンバーが集めたエキストラだ)の模様などが掲載されている。
冷静に考えるなら、やけに用意がいい(爆)のだが、非常事態に正常な思考力が奪われるのが、人間という特徴である。
この号外作戦と、テレビが浜下地区と中通り地区にあるというので(街頭テレビかよっ!)、野次馬になりかけていた大衆は、あっという間に散り散りになってしまった。夕雅浜も落ち着いた午前十時二十二分、多寡先らが現場に合流した。。
「さっき、パトカーから外を眺めていた時に、浜下に向かって、民衆が押し寄せて来てましたが」
多井が画巡査の一眼レフを覗き込みながら言った。
「ええ。新宿区で事件が起こったようですよ」と、
巡査が、折り畳みの号外を多井に渡した。多寡先も、開かれたそれを覗き見た。
花咲署長の言う通り、何とかなった結果が「それ」であった。
(5)
新宿区事件の発端となった現場を振り返る。なにせ、駐在所の係員(階級で巡査の事をこう呼ぶ)が数人で現場に到着し、物体と化した遺体を発見しただけである(苦笑)。島での本格捜査はこれからなのだった。
『それじゃ、これをはめてくれ』
多寡先が合同捜査班に配ったのは、病院の手術用手袋だった。多寡先と多井が窪みを覗くと、赤黒い物体が横たわっているようだ。帯巡査に伸縮性はしごを、車から持ってこさせ、傾斜した崖に沿って下ろす。上部の距離が足りないが、茂みに手を伸ばせば、何とか底まで降りれるようだった。
先に多寡先が降りて、物体を見て『まるでゾンビのようだ』と言った。バカッター(職場などで異常に撮った写真をSNSなどに投稿する人)が現場に居たら、その発言だけで問題になっていただろう。多井も顔をしかめた。
多寡先が気を取り直して、脈を採った。死亡している。大石巡査も降りて来たが、思わず顔を背けたので『目を背けるな。ちゃんと見ろ!』と言った。鉄道員も、踏切などでの飛び込み死体を黒いビニール袋に入れる事があるという。暫く、マグロや白子などを口に入れられないそうだ。
詳細を観察すると、様々な角度から凶器(斜面の箱だ)を打ちつけたのでは無く、身体に対して垂直で打ち続け、犯行の初期に意識があったか、筋肉などの反射により、このように「身体が曲がった」という事が分かった。
大石巡査に斜面の箱を丁寧に持ってこさせ、中を調べると「破断しているのは、一点を中心とした場所だけで、周辺部は多少の変形が見られた」程度であった。
多寡先が、『やはり、多少のずれは有ったものの、一定の角度で犯人は被害者を殴打し続けた……』と言うと、多井も、「その推理で間違いないと思います」と同意した。
『血液が染み出ているが、これは動脈か、それとも静脈かな?』と、質問を投げかけると、「よく動脈を切ると、飛沫(ひまつ)状に飛散しますので、アニメなどで見る凄惨なケースでは無く、」と、一度切り、
「表皮に近い静脈あるいは毛細血管みたいな場所から染み出たと考えて、良いのではないでしょうか」と、多井が自説を披露した。
『そうなると、死因は何になるだろうか……?』と、多寡先が腕組みすると、
「出血多量死は考えにくいですね。殴打により、内臓にダメージが蓄積されて、同時に意識を失うショック状態に陥り、その結果、死亡に至ったのではないか……と」
多井の考えに、多寡先も『そうだな』と賛同した。
口からの汚物の解釈は、胃の残存物と関係があるかもしれず、捜査員の判断を超えるため、病院に電話をかけて、詳しく解剖して貰うことになった。その際、最初にパトカーで到着した時刻と、合同捜査を開始した時刻をメモして、来た救急隊に手渡して貰うことにした。
はしごを多寡先が先導して登っている。
『そうしたら、我々は、この死体がどこから来たのかを追う!』
大石巡査が青い顔をしつつ、
「それについては大丈夫です。『そよ風荘』から友人二人の行方が判らなくなったと、電話がありました」
じゃあ、ソコに行ってみますか。そう提案したのは多井だった。
多寡先が『大石巡査。あなたは、あの斜面(指差して)の箱と、峰崎でしたっけ。そこまで続いてた部品が、同一の物かどうかを調べて下さい』と指示すると、彼は丸めたハンカチを広げて額を拭い「お任せ下さい!」と何とか言った。
かなり粉々になってしまった部品もあり、完璧な回収は難しそうだが。
画巡査がポータブルプリンタで印刷してくれたので、遺体とタイヤ痕の写真を借りて、大石巡査が手配してくれた「原2」パトカーに、多寡先と多井が乗り、赤色灯を瞬(またた)かせながら、元見晴に走っていった。
時刻は、七月九日午前十一時十四分と、遺体になって半日が経過していた。
(6)
山田は、逃亡を続けていた。殺人を犯してしまった以上、堂々としている訳には行かず、交通系ICカードも万一を考えて、使うわけにも行かなかった。顔を誰かに見られる恐れがあった。結局、自販機で(たまたま)売ってたカップ麺を海水に浸して食べたり、無人畑に忍び込んで、大根などを半分食べたり、腐りかけたハイビスカスの汁を吸う(死にはしないが、腹は壊すだろう)などして、何とか空腹を紛らわした。時々、雨に見舞われ、悲惨な逃亡生活であった。
不眠不休での移動で、山田の疲労も限界に達していた。
(7)
某黒会議室にて。「それじゃあ、額に銃弾がかするという設定でお願いするかな」
言葉に音符が付きそうな明るさで、Dが言った。
「本当に、やるんじゃな?」と、ヨロヨロしながらE。
「もちろんです。警視正か警視でしか、署長になれない所を『警部』で特別に就任を計らってあげたのですから、その便宜を返すのは、義務ってものではないでしょうかね。要するに、今でしょ! と言うわけですが」
別に今じゃない方が助かるのだが、Dに睨まれたら、命を落とすとまで言われている。闇の一声。棺桶クリエーション。様々な噂や異名ばかりを聴かされて来た。
Dの携帯が鳴る。
「えっ? 狙撃手が風邪を引いて、三十八度の熱が在るって!?」
ちっ、と舌打ちしたのは気のせいだろうか。
「……で。チョッキ着用で撃たれて倒れるだけで良いって。命拾いしたな。エレファント」
「でも、どこかに確実に命中するわけじゃろ?」
「国際機関TTBUTKが認定した防弾チョッキだから、大丈夫だ」
Dの言うTTBUTKとは『トッテモ ツヨイ ボウダン チョッキ』の略らしい。却って性能面で不安になってくる。エレファントがググらなくて正解だと思う。
そのまま待っていると、先ほどコーヒーを運んできたメイドさんが、スナイパーになって現れたではないか!
エレファントこと花咲署長は目を剥(む)いた。
「狙撃をさせたら世界レベルのルイちゃんだ。風邪を引いた狙撃手の代理を務める。夜の狙撃も優秀だg……げほっごほ。あー、その格好は『現場』では目立ち過ぎるな。マスコミ風の格好をして来てくれ!」
ルイちゃんはブーブー言いながら、別の部屋に(足音すら立てず)走ってゆく。このフロアには、何着何種類の服装があるのだろう?
「驚いただろう? 君の命は保証する。ただし……!」
「ただし、なんじゃ?」
「絶対に、動かなければ……な!」
「………………」
狼狽(ろうばい)しつつ、何とか呼吸を整えて、疑問を口にする。
「……一つ、聞いてもよいかの?」
「なんだね」
「なぜ、こんな事をするんじゃ。中止とか考えた事は無いのかの?」
至極(しごく)最もな質問だが、答えは非情だった。
「無い。なぜなら、我々『黒会議、重役警官の面子(めんつ)』のためだからな。役人の面子は重要だ。よって中止はあり得ない!」
はーーはっはっは。と高笑いが続きそうなセリフだった。
(つづく)
2013年12月7日土曜日
多寡先警部補の事件簿 ~原ヶ島殺人事件~5 by 響 次郎
黒い一声
(1)
警視庁には、普段使用されていない部屋が有る。それも、地下深くの、特別なフロアに、である。それは特別な重役警官が使用する部屋であった。いや、重役警官という造語では薄っぺらいかもしれない。とにかく『特別中の特別な』裏の存在であった。
そこに、重役警官Aから重役警官Cまでが集まっていた。Aから順に、[アベ(バーコード)]、[ベンシ(車好き)]、[シルクロード(チャイナドレス趣味)]と名乗った。一般的に「ハンドルネーム」に相当する物で、ハンドルネームの後ろは愛称みたいなモンである。
※愛称まで含めると長い為、単純に英数字にさせて頂く(作者)
Bが、宝石が埋め込まれたタブレットを眺めて言う。「エレファントはまだかな?」
それに対しAが「離島だから、アクセスに時間がかかるんだろう」と言った。Cが「そろそろ『タイムアウト』が来ちゃうじゃん。俺、新宿の有美ちゃんとこに行きたいんだけどなぁ」ともがいた。有美ちゃんは、高級キャバクラに勤めている。Bが「欲望は抑えておくものだ」と静かに言った。そのBも、欲望の制御は難しいらしかった。
一呼吸置いて、チャットルームに入室した者が居た。例の重役警官E、[エレファント(ジジィ)]である。「申し訳ない。部下と話していたものでな」と、ノロノロした文章が、打ち込まれる。「エレファント。遅いじゃないか、さっさと済ませようぜ」と、C。「ああ。シルクロード、そうしよう」とE。
Dの[ドラクエ(軍事マニア)]が欠席した四人で、極秘の会議が行われた。
(2)
「……という訳でな、連中に殺人を嗅ぎつけられる前に、何とかしたいのだ」
Eが言った。
「連中ってのは、マスコミか?」とC。
「それもあるが、野次馬とか世間もだ」再びE。
「Dにまた、ひと騒ぎして貰いますか」と、Aが会話に割り込む。
「奴に頭を下げなければならんのかのぅ」とE。
「じゃあ、この極秘会議は無かった事にしましょうか。巡査と巡査部長だけで大変だなぁ」と、他人事(ひとごと)のようにBが言う。
言葉を続けて、「これが済んだら『ザギンでチャンネーとシースー』ですよ」と、二十年前くらいのギャグを言う。キメたつもりが決まってない。
「いやいやいや。是非、お願いするよ」とEが焦る。
「じゃあ、またパトカー八台に消防車五台、機動隊百二十五人ってトコで決着しましょうか?」とA。
「ZX組とYZ組は、仲が悪いからな。二年ぶり位でしたっけ?」とB。
言うまでもなく、組とは暴力団の事である。
「一つのテナントに複数入ってるトコとか、レンタルになってる地区は、避けた方が無難っすよ!」とC。
最近では、資金集めが大変だと聞く。そんなニュースをどこかで見た(作者)
そこへ、Dが入って来た。会議室、続いてチャットの順に、である。
「お疲れさまです」「お疲れで御座います」
「超、乙カレーっす!」
「おぉ、お待ちしておりましたぞ」
メンバーが口々に言う。いや、正しくは「口々に打つ」が適切だろう。目の前の人間よりも、メールやらLINEの方が重要だという、考えてみれば、奇妙な時代だ。
ここの会議室で、言葉を発しているのは、ピンクのフリルを着た、メイドさんくらいなものだ。
※なぜメイドなんだという感想やコメントは受付けない(笑)
それと、暇な読者はAから順にEまで並べてみて欲しい、ごほん。
(3)
CがDに、会議の概要を説明する。今北産業と言うほど、短くはない。それをフンフンと聞き、それから、タブレットを手にして、「……」と打つ。
Dが『一声(ひとこえ)』を発する前に、必ずする癖である。
「では……」
それまで、六本木だ銀座だと(肉声も交えて)騒いでいたCも、この時は黙っている。
「パトカー十四台! 消防車六台! 機動隊二百七十五人! 負傷者一名!」と、まくし立てるようにD。
「負傷者一名と言うのは……?」とE。
漆黒の会議室で、四人が顔を見合わせて、ふふっと笑う。メイドだけが引きつった顔で、コーヒーのお代わりを配りに、席を回っている。
「もちろん。アナタですよ。Eさん! 大丈夫。航空自衛隊の超スーパーウルトラハイパワーヘリだったら、初島から首都東京まで十二分で着きますからッ」
「そ、その超スーパーウルトラヘリというのは、(運用に)幾らかかるんじゃ?」とE。Dがニヤリと笑みを浮かべながら「知りたいですか……?」
続けて「まー、知っても仕方ないですが、貴方も一応は黒メンバーですし、お教えしますと、十二分間で六億七千三百四十四万円です」
2013年に、何処でどーゆー技術や装備を整えれば、極めて短時間に首都東京へ着くのか、誰にも判らなかったが。とにかく。花咲署長は、七月九日午前十時三十二分に、警視庁の屋上にあるヘリポートに着いた。
この章を終える前に、時系列を整理しておきたい。多寡先警部補が、第562方面での命を受けたのは八時四十四分。そこから二十分ほど経って、専用船で浜下港まで移動して九時三十三分。駐在所に着いて、多寡先から花咲へ電話したのが、十時前。黒会議が九時五十分あたりから、十時二十分ぐらいまで行われていたと、推測できる。よって、署長は十時三十二分に警視庁へ到着できるのだ。
彼(花咲)にとっても、この一日は、死ぬ思いの連続だったに違いない。しかも「出来レース」とは言え、負傷者にならなくてはいけないのだから。
(つづく)
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