2011年11月26日土曜日
日本人が知らない韓国の常識4~幼稚園児も知っている 姜邯賛~
「さあみんな、おやつの時間ですよ」
「わーい」「わーい」
「今日のガムちゃんは、よく噛んで食べるのよ」
「えー?おやつにガム?」
「それに、ガムにちゃん付けなんておかしいよ」
「まあまあ、冗談に決まってるでしょ。今日はみんなにカン・ガムチャンを紹介したいのよ」
「それ誰?」「誰だー?」「お前知ってるか?」
「高麗時代の英雄よ」
「何した人?」
「今からちょうど千年前くらいの1018年に高麗に侵入した契丹軍を打ち負かした人よ」
「どんな風にして勝ったの?」
「牛の皮を利用して水攻めにしたのよ」
「へえー、頭いいなあ」
「そうね、カン・ガムチャンは科挙にトップ合格したくらい頭が良かったのよ」
「ふーん。その人かっこよかった?」
「それが、背が低くて不細工だったらしいわ」
「えー!がっかり。ヒーローはイケメンって決まってるのに」
「元々はハンサムだったらしいんだけど、天然痘の神様を呼んで醜男にしたんですって」
「へえー、変わってるなあ」「何でそんなことしたの?」
「その頃、ハンサムは出世しないと言われていたのよ」
「カン・ガムチャン将軍は何処で生まれたの?」
「落星岱(ナクソンデ)よ。生まれた時、星が家に入ったから、そう呼ぶようになったのよ」
「えー?そんなの信じられない」
「他にもいろいろ伝説があるわ」
「どんな伝説?」
「高麗時代、漢陽(ハニャン)に虎がたくさん居て人々を脅かしていたの」
「それで、どうしたの?」
「僧に化けていた虎を叱り付けて仲間と一緒に去らせたのよ」
「他にはどんな話があるの?」
「婚礼に招待された時、人間離れしたハンサムな新郎を怪しいと思ったの」
「それで、それで」
「夜、花嫁と二人っきりになるのを待って襲ったのよ」
「えー!それでどうなったの?」
「新郎が猪の正体を現したのでカン・ガムチャンが矢で射殺したのよ」
「何で、猪だって分かったの?」
「新郎が婚礼で出された肉料理に眉をしかめたり、影に尻尾が見えたからよ」
「その場で殺せばよかったのに」
「そうね。婚礼の席だと人々が大勢いたからじゃないかしら」
「ふーん」
「とにかく、韓国の三大英雄の一人だから覚えておいてね」
「はーい!」
「ところで、ガムちゃんは?」
「はーい!よく噛んで食べまーす!」
2011年11月19日土曜日
とある休日6 by やぐちけいこ
いったい何があった?いつものように訪れた霞の部屋。
インターフォンを押しても出てくる様子が無い。
今まではどんな状態でも不機嫌な顔をして出てくれていたのに。
嫌な予感がして、一度携帯に連絡を入れてみるが出る様子は無い。
緊急のために合鍵はあるがあまり使いたくない。しかし今はそうも言っていられない気がして合鍵を使い部屋に入った。
ソファでぐったりとしている霞を見つけ最初は寝ているのかと思ったが、呼吸は浅く泣いた後もある。
「どうしたの?気分でも悪いの?」と声をかけるが反応が無い。
とりあえずベッドまで運んで寝かせる。親父に連絡を入れるとすぐに診察に来てくれるという。彼女はまた元に戻ってしまうのだろうか?やっとほころび始めた心がまた閉じてしまうのではないかと恐怖に震える。いったい彼女に何があった?
ベッドに運ぶ時、か細い声で聞いてきた内容が気になる。久しぶりに自分の名前を呼ばれたのにうわ言の様なか細い声。
そう言えば今日は診察日。なら病院の方に顔を出したはず。
ピンポ~ン♪と軽快なインターフォンが鳴った。出ると往診セットを持った親父だった。
親父は軽く頷き霞の眠る寝室へと消えた。俺はソファに座り診察が終わるのを待った。
「どうやら何かショックを受けたようだな。自己に引き籠っている。しばらく優秀な看護師に一緒に住んでもらうよ。当分の間、お前はここに来るな」そう言われて黙って引き下がれない。
「何で?俺だってここで霞の様子を見ていたい」そう訴えるが許可は出なかった。
「ベッドに運ぶ時に霞が言ったんだ。薫は私を監視するために傍に居てくれたのか?って。どこからそんな発想するのか分からない」
「そうか。きっとどこかでそれを感じ取ったのかもしれないな。私の所へも来なかったので心配はしていたんだ」
「どこかってどこだよ。診察日なら病院に行ったはずだ。なら病院しかないじゃないか」そこまで言うと思い当たる事があったので俺は親父をそのままにナースステーションに走った。看護師たちが挨拶をしてくるが一切無視し「今日、ここに霞が来なかったか知りたいんだけど」と言うと来なかったと言う。
ただ廊下ですれ違った看護師もいた。ということは診察のためにここに来たけれどナースステーションに顔を出す前に何かを聞いたか見たかしたんだ。
考え事をしていると独りのナースが「今度親睦会をする予定なんですけど薫さんも参加されませんか?」と誘ってきた。
「う~ん、今はそんな気になれないから無理だね。今度霞と一緒にお邪魔するよ」と断ったのだがなかなか解放してくれない。
「薫さんが来てくれると盛り上がるし、霞さん抜きでお願いしたいです。監視役も大変でしょ?」と上目づかいで誘いを掛けてくるが最後の言葉に怒りがこみ上げる。
「監視役ねえ。俺は一度もそんなこと思った事が無いけれど傍から見たらそう見える訳か。なるほど。これからはそう見えないように気をつける事にする」よっぽど怖い顔をしていたのか誘ってきたナースは顔色を変えた。
ここで何かを聞いたのだろう。もう用は済んだとばかりに彼女達に背を向けて霞の家に向かった。部屋に入ると親父は居なくなっており代わりに母親が来ていた。
優秀な看護師か。
「しばらく霞ちゃんと暮らすわね。あなたもそのつもりでいて頂戴。お父さんに聞いていると思うけど霞ちゃんが私に話をしてくれるまであなたはここへ来ちゃだめよ。大丈夫。すぐに元の霞ちゃんに戻るわ」心強い言葉だ。
霞がこうなった原因らしき事柄を母親に話した。
「そう。きっとあなたに裏切られた気持ちになったんでしょうね。可哀想に」
それだけ頼りにされていたのね、と付け加えられた。
いつも追い返そうとする瞳の奥は寂しげだった。だから強引にこの部屋に入って話をして帰った。素直じゃない霞。強がってばかりで頼る事をしない霞。独りで懸命に生きてきた霞。きつい言葉を言ってくるのに本音はいつも隠していた霞。もっと信用してくれているかと思っていた。俺より付き合いの薄い奴の言葉を信じた霞。早く戻ってこい。いつまでも待たすんじゃねえよ。仕方なく霞の家を後にした。
2011年11月12日土曜日
三題話で詠む by 綾小路文磨
編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、綾小路文磨さんの川柳をお楽しみください。
2011年11月4日金曜日
バイバイ、ママ by k.m.joe
編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、k.m.Joeさんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
押し入れに居るのは、最初のうちは暗くて怖かったけど、アイツに殴られたり蹴られたりする事を考えたら、だんだん平気になってきた。
押し入れでは、昔のママの事とか、おいしいお菓子の事とか、いろいろ考えてたけど、この頃は何も考えなくなった。
特にその日はボーッとしていた。部屋から聞こえるママとアイツの話し声や笑い声も気にならなかった。
ジゾーは、突然、話し掛けてきた。「ケンタロウくん、ケンタロウくん」
周りをキョロキョロすると、真っ暗なのに、足元に虫が一匹見えた。小さな虫だけど、ネズミ色で、お腹が赤いのがハッキリわかった。
虫は、昔テレビで見た、蛇使いのオジサンが動かす蛇みたいに、首をユラユラさせていた。「ボクが見えてるね、ケンタロウくん。ボクの名前はジゾー。キミと友達になりに来たんだ。あっ、ボクと喋る時は頭の中で考えるだけでいいよ」
「どうして虫なのに喋れるの?」
「ボクは虫の形をしているだけで、本当は違うのさ。ところでケンタロウくん、キミを助けたいんだ。アイツを何とかしたいんだろ?」
「うん」
「ママも?」「うん」・・・アイツが来てから、ママは変わった。
ママが近所のマルカツで働いてた頃は楽しかった。お店のオバチャンたちも優しかった。ママもよく笑って、ボクの事を可愛いがってくれた。その頃のママはお化粧をほとんどしてなかった。
ある日ママは、別の人みたいに化粧して「今日から夜働くから大人しく寝ててね」と、変なニオイをさせながらボクに言った。
ママと晩ご飯を食べた後、ボクはひとりになった。とても淋しかった。ママが帰って来た時寝たふりをしていたけど、本当はママに甘えたかった。ママはいつもお酒のニオイをさせて、少しよろけながら帰って来た。家でもビールを飲みながら、よくケータイをしていた。メールが多かったけど、たまに電話をしていた。そんな時のママは変な声で喋っていて、ボクは嫌いだった。
ママが遠くに行ってしまったようで、とても悲しかった。声を出さないようにして泣いた事もある。
昔のママはボクと話をする時、ボクの両肩に手をやり顔を見ながら話してくれた。夜のお店に行くようになってからは、ボクの顔をまともに見てくれなかった。
ママは、アイツが来てから、もっと遠くにいる人のようになった。アイツは初めて来た時から、ボクの事を「クソガキ」としか呼ばず、すぐ叩いたり蹴ったりして、最後は押し入れに閉じ込めた。ボクはママを見るんだけど、ママはボクの方を向いてもくれなかった。ボクは泣きもせず、暴れもせず、アイツの好きなようにさせていた。
「全部知ってるよ、ケンタロウくん」ジゾーは言った。ジゾーの声は校長先生みたいに安心できた。彼がボクを助けてくれるとは思えなかったけど、仲良くはなれそうだと思った。
「ケンタロウくんは松茸って知ってるかい?」
「聞いた事はあるよ」
「もうすぐアイツの知り合いが松茸に似たキノコを持ってくる。でもそれは毒キノコだ。たくさん食べると死んでしまうんだよ」
「何で分かるの?」
「ボクが考えた事だからさ」
ボクはジゾーを見つめた。彼も頭の先をボクの方に向けてじっとしていた。
ジゾーの言う通り、誰かが松茸のニセモノを持って来て、暫くすると押し入れまで良いニオイがしてきた。
突然押し入れが開き、アイツがボクを引きずり出した。「おい!クソガキ!うまい物食わせてやる」
テーブルの向こうではママが缶ビール片手に、キノコを食べていた。ボクの前にもキノコの載った皿が置かれていた。引き裂かれて少し湯気が立っていた。ニオイを嗅いだらお腹が鳴った。
でも食べたら死ぬんだと思うと、ボクは動けなかった。
「大丈夫だよ。ボクが刺すと毒にはやられないんだ。ちょっと痛いけどガマンして」
首の後ろがチクッとした。でも、それが合図みたいになってボクは突然キノコを食べ始めた。とても美味しかった。半分ぐらい食べると少し落ち着いた。すると、これがママとの最後の食事かと思うと箸が止まった。
ママは楽しそうにビールを飲みキノコを食べていた。
「どうする、ケンタロウくん。今ならまだ間に合うよ。ママだけでも刺してあげようか?」ボクは首を横に振った。「刺さなくていいよ、もう」そう言うと、ボクはずっとママを見続けた。
次の日、ママは死んだ。
あけぼの園という所から、長谷川さんというオジサンが来て、ボクを連れて行った。優しいオジサンだった。ボクはそこから新しい学校へ通う事になった。
学校でも、あけぼの園でも、皆仲良くしてくれた。たぶん、ジゾーの力だろうと思う。ジゾーはずっとボクの肩についていた。
ある日、あけぼの園の前で長谷川さんが待っていた。いつもと同じようにニコニコしていた。
「ケンタロウくん、君に会いたがっている人がいるんだ」長谷川さんについて廊下を歩いていると、ジゾーが話しかけてきた。
「今から会う人が君の新しいママだよ。ケンタロウくん、ボクもここでお別れだ」
ジゾーがいなくなったのが判った。ボクはジゾーに「さようなら」と言った。でも「ありがとう」はなぜか言えなかった。
自分でもよく判らないんだ。なんでそう思うのか判らないんだけど、ボクはママが死んだ日から、あの暗い押し入れに戻ったような気がするんだ。
2011年10月28日金曜日
かくれんぼ by やぐちけいこ
編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、やぐちけいこさんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

季節は新緑が似合う時期を過ぎ、木々が赤や黄色と自己主張をし始めた頃のお話。
山のどこかで松の木母さんの声が聞こえた。
「さあ、坊やたち。これからかくれんぼを始めるよ!頭は絶対出しちゃだめ。頭を隠したい子は落ち葉を頭にかぶせときな。ほら足音がそこまで来ている。大人しくするんだよ」
カサカサと足音と共に今年も松茸を探しに人間がやってきた。
子ども達はわくわくと身を潜める。
毎年同じお爺さんが腰を曲げながら松茸を探しにやってくる。本当に必要な分だけ捕っていく。そして松の木を見上げいつも声を掛けてくれるのだ。
「松の木よ、今年も豊作かい?お前の周りには毎年たくさんの松茸があるから助かるよ」
それに応えるように風が松の葉をザザーッと揺らす。
「どれ、この辺りかな」と一つ松茸を籠に入れる。「わあ、見つかっちゃったあ」楽しそうに籠の中で騒ぐ。子ども達が籠の中でぎゅうぎゅうと身動きできなくなる頃、お爺さんは痛む腰をトントンと叩き帰り支度をする。
「松の木よ、今年はこれだけ頂いて行くよ。また来年も頼むよ」そう言いながら松の木を軽くポンポンと叩き山を下りていく。
昔松の木はこのお爺さんに傷ついた枝を治療して貰った事があった。その翌年からこのお爺さんにだけ松茸を分けているのだ。可愛いわが子をこの人になら渡せると思いながら。
根元にいる虫達は「今年の秋もそろそろ終わりだね」などと冬支度に忙しい。
もうすぐ冬がやって来る。お爺さんが歩いた山肌には雪化粧。一面真っ白になるだろう。季節は巡りやがて春になり眩しい日差しの夏を迎える。着々と時は過ぎまたかくれんぼの秋がやって来る。
きっとお爺さんはまた話しかけてくれるだろう。
「松の木よ、今年も豊作かい?」
「また来年も頼むよ」と。
はい、来年も再来年もあなたが来て話しかけてくれるならお待ちしています。子ども達とかくれんぼをしながら。
そう季節の風に乗せた。
2011年10月21日金曜日
時空間 by Miruba
編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、mirubaさんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
娘の亜季が、先ほどからじっと「まつたけ」を見ている。
安かったからと、昨日主人が買ってきたのだ。
「この松茸小さな虫がいる。これアルジェリア産?日本の松茸はもっと香りがいいものね」突然亜季が言い出した。
「化粧が施されて香りもつけられたアフリカ産ですって。そういえばあなたパリにいるときにアルジェのお友達から自然の松茸を沢山戴いたものね」
私は答えながら胸がサワサワとするのを感じた。
「パリに居た時って今もパリに居るじゃないの。ママったら変なこというのね。
私食べないわよ。この前は酷い目にあったもの。酷い下痢だった。松茸の古いのは良くないらしいわ」
体中から汗が噴出してきた。まさか・・・
「ねぇ、今日本にいるのよ。ここはフランスではないわ」
亜季は怪訝な顔をしたが、部屋を見回し驚いた風だ。そして家中を歩き回り上気した顔で私の目を見て言った「ママ、今日何月何日なの?」
転勤族だった主人が定年間際に行かされたのがフランスだった。一人娘の亜季はパリ大学に留学しそのまま就職していたので、私達は10年ぶりに家族揃っての海外生活をしていた。
あの日、松茸を友人から貰ったといって亜季が嬉しそうに仕事場から帰ってきたのは、鮮明に覚えている。
ところがウジ虫のような小さな虫が沢山巣食っていたのだ。棄てるにはもったいないと思ったし、亜季もせっかくくれた友人に申し訳が無いというので、料理することにした。さっと茹で、固まった虫の残骸を取り出した後、醤油とみりんにつけて炊き込みご飯にした。なのに、私達親子は3人で腹痛に唸った。同時に食した生牡蠣のせいだとも思えたが、とにかく一番症状が酷く激しい脱水症状から高熱を出した亜季が生死をさ迷い、その後2週間も入院する羽目になった。
だが苦悩はそれからだったのだ。退院した亜季は他人のようで何を聞いても心此処にあらずという表情してまともに反応を示してくれない。物忘れが酷く道に迷うので、警察から何度か連絡が来た。脳の検査をしては何も異常がなく、精神科に回されたりもした。一種の記憶喪失なのだろうか、だが名前も年齢も私たち両親の生年月日さえ答えるし、書くことも出来たし、普通に生活ができるのだ。最終的には医師から「問題なし」と診断を受ける。なのに亜季と話をしていると、喜怒哀楽が希薄で時に返事がまともに返ってこないばかりか、全く赤の他人と接しているような冷ややかな空気を感じるのだった。
仕事も3ヶ月後には辞めてしまう。学生のときからの恋人恭祐君も、最初は足しげく通ってきてくれ、ドライブなどにも行ってくれたが、一方通行の恋をしているようで辛いと、いつの間にか去っていった。辛くはないのだろうか?当の本人は他人事のように無頓着だった。見るでもなくテレビ画面に目を向ける亜季の傍にいるだけで、私達夫婦は将来を思い途方にくれた。
「ママ!今日は何月何日なの?」
自我の強かった亜季の目が戻り、私の心を強く揺さぶった。
5年ぶりに見る意志のある瞳がそこにある。
答えるより、私は泣き崩れた。
まるで他人のようだったそれまでとは打って変わって、長い沈黙を取り戻すかのように息せき切って質問する彼女に答えながら、だが私は嬉しさに歓喜した。
主人と私の最愛の娘が、やっと戻ってきてくれた気がした。
不思議なことに、亜季はこの5年の間の何もかもを覚えていなかった。そんなことがあるのだろうか?
入退院時の写真。パリの仕事場を退職した時の写真。日本に帰国した時の写真。恭祐君や家族との旅行の写真を見せても、全く記憶に無いというのだ。確かに写真の彼女の目はまさに生気がなかった。
病院で新たに精密検査を受けたが、何もわからないままだ。高熱によって見えないところの脳を損傷したが自己再生により回復したのか。想像の域を超えなかった。
人間の体の不思議を思う。
ただ私達は「まつたけ」を見るたびに特別な感慨にふけるだろう。
直接の原因ではなかったにしろ、そのせいで亜季は記憶の無い時空間の世界に行き。
直接の要員ではなかったとはいえ、現実の世界に戻ってくるきっかけを作ってくれたのは、松茸の虫だったのだから。
「亜季、なんて綺麗なの?」
何年も化粧をしなかったので気がつかなかったが、年齢が彼女に潤いを与えていた。ましてや今日は久しぶりのデートなのだ。
恭祐君は、結局亜季を待っていてくれたことになるだろうか。彼にも色々な交際はあったろうが、年に一度くらいは亜季の様子を見に来てくれていた。
チャイムが鳴って扉が開いた。
恭祐君が顔を出したとたん、亜季は飛びつくように彼の首に腕を回しキスをした。
泣き出した亜季を強く抱き寄せる恭祐君。
その様子を笑顔で見ている主人と私に、恥ずかしそうにしながらも、
彼の目から、涙が一筋、零れ落ちた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
娘の亜季が、先ほどからじっと「まつたけ」を見ている。
安かったからと、昨日主人が買ってきたのだ。
「この松茸小さな虫がいる。これアルジェリア産?日本の松茸はもっと香りがいいものね」突然亜季が言い出した。
「化粧が施されて香りもつけられたアフリカ産ですって。そういえばあなたパリにいるときにアルジェのお友達から自然の松茸を沢山戴いたものね」
私は答えながら胸がサワサワとするのを感じた。
「パリに居た時って今もパリに居るじゃないの。ママったら変なこというのね。
私食べないわよ。この前は酷い目にあったもの。酷い下痢だった。松茸の古いのは良くないらしいわ」
体中から汗が噴出してきた。まさか・・・
「ねぇ、今日本にいるのよ。ここはフランスではないわ」
亜季は怪訝な顔をしたが、部屋を見回し驚いた風だ。そして家中を歩き回り上気した顔で私の目を見て言った「ママ、今日何月何日なの?」
転勤族だった主人が定年間際に行かされたのがフランスだった。一人娘の亜季はパリ大学に留学しそのまま就職していたので、私達は10年ぶりに家族揃っての海外生活をしていた。
あの日、松茸を友人から貰ったといって亜季が嬉しそうに仕事場から帰ってきたのは、鮮明に覚えている。
ところがウジ虫のような小さな虫が沢山巣食っていたのだ。棄てるにはもったいないと思ったし、亜季もせっかくくれた友人に申し訳が無いというので、料理することにした。さっと茹で、固まった虫の残骸を取り出した後、醤油とみりんにつけて炊き込みご飯にした。なのに、私達親子は3人で腹痛に唸った。同時に食した生牡蠣のせいだとも思えたが、とにかく一番症状が酷く激しい脱水症状から高熱を出した亜季が生死をさ迷い、その後2週間も入院する羽目になった。
だが苦悩はそれからだったのだ。退院した亜季は他人のようで何を聞いても心此処にあらずという表情してまともに反応を示してくれない。物忘れが酷く道に迷うので、警察から何度か連絡が来た。脳の検査をしては何も異常がなく、精神科に回されたりもした。一種の記憶喪失なのだろうか、だが名前も年齢も私たち両親の生年月日さえ答えるし、書くことも出来たし、普通に生活ができるのだ。最終的には医師から「問題なし」と診断を受ける。なのに亜季と話をしていると、喜怒哀楽が希薄で時に返事がまともに返ってこないばかりか、全く赤の他人と接しているような冷ややかな空気を感じるのだった。
仕事も3ヶ月後には辞めてしまう。学生のときからの恋人恭祐君も、最初は足しげく通ってきてくれ、ドライブなどにも行ってくれたが、一方通行の恋をしているようで辛いと、いつの間にか去っていった。辛くはないのだろうか?当の本人は他人事のように無頓着だった。見るでもなくテレビ画面に目を向ける亜季の傍にいるだけで、私達夫婦は将来を思い途方にくれた。
「ママ!今日は何月何日なの?」
自我の強かった亜季の目が戻り、私の心を強く揺さぶった。
5年ぶりに見る意志のある瞳がそこにある。
答えるより、私は泣き崩れた。
まるで他人のようだったそれまでとは打って変わって、長い沈黙を取り戻すかのように息せき切って質問する彼女に答えながら、だが私は嬉しさに歓喜した。
主人と私の最愛の娘が、やっと戻ってきてくれた気がした。
不思議なことに、亜季はこの5年の間の何もかもを覚えていなかった。そんなことがあるのだろうか?
入退院時の写真。パリの仕事場を退職した時の写真。日本に帰国した時の写真。恭祐君や家族との旅行の写真を見せても、全く記憶に無いというのだ。確かに写真の彼女の目はまさに生気がなかった。
病院で新たに精密検査を受けたが、何もわからないままだ。高熱によって見えないところの脳を損傷したが自己再生により回復したのか。想像の域を超えなかった。
人間の体の不思議を思う。
ただ私達は「まつたけ」を見るたびに特別な感慨にふけるだろう。
直接の原因ではなかったにしろ、そのせいで亜季は記憶の無い時空間の世界に行き。
直接の要員ではなかったとはいえ、現実の世界に戻ってくるきっかけを作ってくれたのは、松茸の虫だったのだから。
「亜季、なんて綺麗なの?」
何年も化粧をしなかったので気がつかなかったが、年齢が彼女に潤いを与えていた。ましてや今日は久しぶりのデートなのだ。
恭祐君は、結局亜季を待っていてくれたことになるだろうか。彼にも色々な交際はあったろうが、年に一度くらいは亜季の様子を見に来てくれていた。
チャイムが鳴って扉が開いた。
恭祐君が顔を出したとたん、亜季は飛びつくように彼の首に腕を回しキスをした。
泣き出した亜季を強く抱き寄せる恭祐君。
その様子を笑顔で見ている主人と私に、恥ずかしそうにしながらも、
彼の目から、涙が一筋、零れ落ちた。
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| 写真:テクノフォト高尾 by高尾清延 |
2011年10月15日土曜日
南米から来たお姫様 by 御美子
編集部より出された3つのお題を使って作品をつくる「三題話」に、週刊「ドリームライブラリ」の執筆陣達が挑戦しました。今回のお題は「まつたけ、化粧、虫」。一見なんの脈絡もないこれらの単語を全て折り込んで、エッセイ、小説、落語などの作品を作り上げていきます。今回は、御美子さんの小説をお楽しみください。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

1965年頃のことです。ブラジルに移住し農場を経営していた古本隆寿さんが現地の人達が好んで食べるキノコを食べてみたところ「これは旨い。何とか量産できないものだろうか」と考えました。栽培方法知るために手にしたのが「キノコ類の栽培方法」という本で、古本さんは筆者の岩出博士に手紙と共にそのキノコを送りました。博士が見たところ、それはハラタケの一種のようでしたが、食べてみると、既存のキノコより味もよく香りも強いことが分かりました。
岩出博士の専門は菌学で、研究当初の目的は日本の農家の副業としてキノコ栽培が有望だと考え、フランスから持ち帰ったキノコを人工培養することに日本人として初めて成功していました。ところが、ブラジルから送られたキノコの培養には予想以上の困難が待ち受けていました。
研究費も底をつき、研究員の日雇いや博士の年金を研究費に当てなければいけないほどでした。ある時、栽培用棚の材料に研究員のアルバイト先から竹を譲り受けたところ、雑菌や寄生虫が発生し、肝心のキノコの菌が全滅したこともありました。
人工培養を始めて10年経過したある朝、研究員の一人が「教授!小指の大きさほどのキノコが頭を出しています」と報告しました。他の研究員達は手を取り合って泣きましたが。「まだ、泣くのは早い」と叱る教授の声も震えていたことは誰にも分かりました。
教授の言葉通り、実際の人工栽培までには、それから3年を要しましたが、苦労の甲斐あって、後にこのキノコには抗癌作用や免疫力強化の働きがあることが証明されました。アガリクス ブラゼイ ムリル、正式和名「姫マツタケ」は出荷前日に小さな女の子から「まあ、可愛い。お姫様みたい」と言われたのが名前の由来だということです。マツタケに比べ色白の茎が、薄化粧をしたようで、その可憐な姿からも容易に想像ができる名前です。 -10月4日、癌で逝った孝子叔母に捧ぐ-
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